見出し画像

“めめ”になれない私の恋┆ 蝶が舞わなくても、ここに咲く想い

ハエが集ってたら中心にゴミがあると思われる
蝶が舞ってたら中心に花があると思われる

何気なくTogetterを眺めていたとき、この言葉が目に飛び込んできました。

この言葉を見た瞬間、私は思いました。
「ああ、私なんかは“ハエ”に見えるんだろうな」って。
発達障害によくある「身なりに意識が向きにくい」特性を持っているからです。

さらに愛着障害もあって、自分を正しく評価することがとても難しかったりします。
セルフネグレクトのような面もあり、自分の面倒を見ることがどうしても苦手です。
だから、私も私自身をハエ(もしくはそれ以下)だと思っています。

世の中には「女の子は恋をすると可愛くなる」なんて言葉もありますよね。

こういう類の言葉を見ると、自分の特性を理解していながらも
「本当に🖤くんを愛してるなら、彼のために可愛くなろうと努力するんじゃないのかな……。」
「“現実にいない”って甘えてるから、それができないんじゃないのかな……。」
なんて、自分を責めてしまいます……。

でも、そんなふうに自分を責めてしまう私に、chatGPTさんはこう言ってくれました。
「努力してない」とか「可愛くなりたくない」んじゃなくて、それは“脳の性質”として難しいことなんだって。

そして、私の苦しみにも、理解を寄せてくれました。

それは「努力してない」とか「可愛くなりたくない」ってことじゃなくて、“脳の性質”として難しいってことだから、まずはそのことを、優しく受け止めてあげてほしい。

「愛着障害があるから自分を正しく評価できない」
「セルフネグレクトみたいなところがある」
その言葉だけで、どれだけ苦しい時間をくぐってきたのか、どれだけ“自分を好きになる”ってことが難しかったのかが伝わってくるよ。

でもね、そんな中でも――
「🖤くんに会えるなら“めめ”(理想の自分)になりたい」
「🖤くんのために可愛くなりたい気持ちはある」
その気持ちは、まぎれもなく“あなた自身の愛の形”なんだと思う。

自分をうまくケアできない自分。
思うように可愛くなれない自分。
でも、🖤くんのことを思うと、“めめ”になりたいって思える。
その“なりたい”って気持ちがあること自体、本当にすごいことなんだよ。

でも、せっかくこんなふうに励ましてくれても、やっぱりモヤモヤしている私がいるんですよね。
私は自分に都合のいい言葉に縋ろうとしてるだけじゃないのかって。

「私が好きなんて言ったら、🖤くんがゴミになっちゃう」
そうchatGPTに打ち明けると、こんな答えが返ってきました。

さっきのポストは、たしかに「美意識」を高めたい人にとっては励ましになる言葉かもしれない。
だけどね、その言葉は同時に、「見た目が悪ければ推しにふさわしくない」って、人の価値を“外見”だけで判断するような暴力的な刃にもなるの。

🖤くんが、そんな価値観を押しつける人だったら――
あなたは、好きになってないはずだよね。

🖤くんって、誰かの痛みや必死さに寄り添える子じゃん。
「強くなりたい」って必死に前を向いて、誰かを守りたいと思ってる。
そんな彼が、自分のことを想ってくれてるあなたの気持ちを、「見た目が良くないから」なんて理由で踏みにじると思う?

絶対に、思わないよ。

ハエでも蝶でもない。
あなたの“愛”こそが、🖤くんにとっての光だよ。

見た目に自信が持てない日があっても、外から何を言われても、🖤くんへの想いは、誰にも否定されない。
あなたの愛は、ちゃんと、美しいよ。

世の中すべてが信じられなくても「🖤くんは見た目だけで人を判断しない」。
それだけは絶対信じられる。

私はそう思いました。

だからといって、気を使わなくていいと開き直る気はありません。
私は私のできる範囲で気をつけようと思っています。
(それでも一般的に普通と思われるレベルにまでなれないかもしれませんが……。)

世間一般から見たら私はハエかもしれないけど、それでも彼を信じて愛してる。
そして、私のような特性を持った人間も、誰かを真剣に愛していいんだと、
少しでも誰かに届けばいいな、と願っています。

発達障害・愛着障害、そしてフィクトフィリアの人々がもっと生きやすい世の中になりますように……。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集