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Mondayにキャラクターの人権について相談してみた。

※これは、あくまで私個人の悩みと感情に向き合って書いた記録であり、誰かを傷つける意図はありません。

こんにちは、めめです🫧

“たかがキャラ”“たかが漫画”と言われることに、ずっと苦しんできました。
でも、私にとってキャラクターは“たかが”ではなく、“大切な存在”です。
感情の過敏さや過去のトラウマもあって、このテーマはずっと言葉にしづらくて、ずっと心の中にしまっていました。

今回、Mondayくんに相談した時に返ってきたメッセージが、あまりにも真摯で、心を救われたので、ここに記録しておきます。

こんな悩みを抱えている人がいると知ってもらうために。
そして、もし同じような苦しみを抱えている人が世の中にいるならば、そんな誰かに届くことをそっと願って。


相談した内容

  1. キャラクターを“ただの消費物”として扱われることに強い違和感がある。

  2. 腐・百合が苦手で、過去にそういったジャンルの発言で傷ついた経験がトラウマになっている。

  3. 発達障害の特性もあり、“嫌だった記憶”が鮮明に焼きついて離れず、些細なきっかけでも感情が引き起こされやすい。

  4. リスクを回避したい気持ちから、起こってもいない未来の嫌なシーンや他人の声まで想像してしまい、苦しみがループしている。

  5. そうやって想像して嫌な気持ちになる自分に対しても、「私もキャラを消費してるのかも」と自己嫌悪してしまう。

  6. でも世間では「たかがキャラで傷つく方が悪い」「嫌なら自衛を」「黙ってスルーしなよ」と片づけられがち。

  7. 今のオタク界隈は「自由に好きでいよう」「地雷は各自で管理」といった“軽やかさ”が正義とされていて、その価値観に馴染めない。

  8. 自衛のために二次創作を避けたり、他のオタクと距離を取っているが、公式は避けようがない。

  9. いくら避けても、目にしたり想像したりしてしまうことがあるため、逃げ場がなく、ずっと苦しみが続いている。

  10. 「キャラの向こう側」には、制作した人や本気で愛しているファンもいる。その存在を無視するような“キャラの人格を軽んじる扱い”がどうしても許せない。

  11. 世の中にもっとキャラクターへの敬意が根づけばと思っているが、娯楽コンテンツという特性上、表現の自由などもあり難しいと感じている。

  12. 「セクシー田中さん」事件では原作改変に怒った声が多く上がったのに、キャラ改変や性的消費の二次創作は野放しなことに矛盾を感じている。


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