もしも前園真聖が
もしも前園真聖が、若き日のゾノがあのときスペインへ渡っていたら、果たしてどのようなサッカー人生が待っていただろうか
アジアのマラドーナ?日本から来たジョージ・ベスト?
30年も経っているのに未だに夢想してしまう
前園真聖、1973年生まれ
1992年、鹿児島実業高校から横浜フリューゲルスへ入団、稀代のドリブラーとして頭角を現す
A代表とオリンピック代表で取り合いになり、話し合いの結果、まずは1996アトランタオリンピックに専念しその後A代表にと決まった
当時、スペインのスカウトがゾノを見に三ッ沢に来たらしいと風の噂に流れてきた
門前払いを食らってチケット売り場に並んだスカウト氏を、フリューゲルススタッフが慌てて三ッ沢の貴賓席へ迎え入れたという
フリューゲルスフロントはゾノを売る気などさらさらなかった
スカウト氏を貴賓席へ招いたのも話が広まるのを恐れたためだろう
不信感を覚えたゾノは弁護士をたてて移籍交渉に臨み、フロントは不快感を示しゾノを悪者に仕立てあげた
選手もチームも自分らの私物としか思わないその態度を、2年後フリューゲルスサポーターたちはイヤというほど思い知ることになる
海外移籍の夢をつぶされて四面楚歌でヴェルディ川崎へ移籍したゾノ
キリリと力強かった瞳はいつの間にか光を失い、ドリブルも精彩を欠き徐々に試合出場も減っていった
無邪気で素直な夢見るサッカー小僧は、サッカーになど興味がない欲まみれの大人たちに羽根をもがれていた
そんな情報を日本中の有望なサッカー少年が聞き逃すはずもなく、1996~97年フリューゲルスの高卒新入団選手はほんの数名だった
近年、あのスカウト氏はスペインのセビージャのGMだったと知った
もしもあのときゾノがセビージャへ移籍していたら
ラ・リーガでデビューし、あのドリブルを披露できていたら
セビージャサポーターたちのハートをつかみアイドルとなり、ヨーロッパ中に旋風を巻き起こしていたら
オフには数々のクラブからオファーが届いていたら
イタリアへ、フランスへ、イギリスへ、いろんな国を渡り歩いていたら
ああ、ゾノを世界中に見せびらかしたかった
その後ヒデがセリエAで認められ、俊輔はセルチックの伝説となり、松井はル・マンの太陽となった
長谷部は皇帝となり、三笘は席巻している
横浜FC自慢の選手たち、斎藤光毅と小川航基が現地のサポーターから愛され満たされている今、ふと30年前につぶされた若く偉大な才能を惜しみ、どうしようもなく切ない気持ちになる
