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M&C通信Vol.120 誰かに認められたい気持ち…~”承認欲求のカタマリ"は“わたし革命のはじまり"~

こんにちは。メルト&クリエイト🔵です。

ここで少し、”心の温度”をととのえて。
あなたのペースで、ごゆっくりどうぞ。


?:誰に認められたくて生きてるんだろう?

どれだけ褒められても、
どれだけ成果を出しても、

なんだか…
モヤッとするんです。

「すごいね!」って言われるたびに、
ちょっとだけ、こう思ってしまうんです。


「ほんとは、もっと見てほしいのは、
 そこじゃないんだけどな
」って。


でも、そんなこと思っちゃいけない気がして。

ちゃんと評価されてるのに、欲張りかな?って。

だけど、なんだか心がザワザワして。
周りが笑ってくれても、安心できない自分がいて。


もしかして、これって
「わたし自身が、わたしを認めてない」
だけなんじゃないかって。

そう気づいたとき、
肩の力が、ふっと抜けたんです。


でも、やっぱり心の中には、
いろんな“声”があって。

いろんな会話が繰り広げられているんです。


▲:5人の会話――”承認欲求”って、ほんとは悪いことなの?

♠️「やっぱり、認められるには結果がすべてだよ。数字、成果、実績。これがない人は、何を言っても説得力がないよ」
♥️「でも、気持ちとか、努力とか、そういうものも見てほしいって思うこと、あるよね?」
♦️「いやいや、甘いって。“想い”だけじゃお金にならないから。社会で通用するには、売上がすべてでしょ?」
♣️「じゃあ、毎日地道に頑張ってる人はどうなるの。目立たなくても、ずっとコツコツ続けてる人の努力は?」
🃏「ふふ、面白いですね。でも、本当に認められたいのは“誰に”なんですか?他人?社会?それとも、自分自身ですか?」

♠️「結果で証明するしかないんだよ。やっぱり、誰かに“すごい”って言われたいから」
♥️「“見てるよ”のひと言がほしくて、がんばってたのに……言えない自分が、ちょっと苦しいの」
♦️「でも、評価されない努力は、“存在しない”のと一緒。数字って、そういうもんでしょ?」
♣️「だけど、数字に縛られるのもしんどいよ…。小さな積み重ねが、自分を作ってくれてる気がするんだ」
🃏「どの承認も否定しないけど、“わたし”がそれで幸せかどうか、ちゃんと問い返してみないと、ほんとに苦しくなるよ」



◇:ここで、ちょっと考えてみよう

5人の会話を振り返ってみましょう。

♠️「認められるには、”結果”がすべて」
♥️「わたしの”気持ち”を見てほしい」
♦️「”数字”で評価されるかどうかが決まる」
♣️「地道に頑張って”努力”してる姿をみてほしい」
🃏「本当は、誰に認められたいと思ってるの?」


この中で、一番心に引っかかったのは、
どの言葉でしたか?


正解なんて、無いんです。


それはきっと、
自分の中にある“承認されたい気持ち”が
反応したから
かもしません。


「ほんとうは見てほしかったわたし」が、
少しだけ、顔を出した瞬間かもしれませんね。


≒:承認欲求って、厚い雲のすき間から見える青空みたい

がんばったとき、
うれしい言葉をもらえたとき、
あの一瞬だけ見える”青空”。


「あそこに行けば、満たされるかもしれない」
って、青空を見上げたくなりますよね。


でも、その青空は雲に覆われて、
雲は重たくて、ときには雨を含んでいて。

冷たい風と一緒に、
心にしみてくることもある。


それでもずっと、青空に手を伸ばして、
もがいて… もがいて…… もがいて………


でも、気づくんです。

本当にほしかったのは、
届かない”青空”じゃなくて

自分をやさしく包んでくれる
”あたたかな風”
かもしれないって


風は、上に登らなくても、遠くに行かなくても、
自分の足元にも、ちゃんと吹いていた


そう気づくと、こんな疑問が浮かぶんです。


◉:ほんとうに認めてほしかったのは、誰だったんだろう?

誰かに褒められたくて、
誰かに注目されることが
「がんばる理由」になってた。


でも、ふと立ち止まったときに思うんです。

いったい誰に
認められたかったんだろう?

それは、本当に
「他人」じゃなきゃいけなかったのかな?って。


そんな疑問を持ったまま、
ここで、5人の話を思い出してみましょう。


♠️:結果が証明する先にあるもの

♠️は「結果」で証明したかったんです。

誰にも負けない努力を重ねて、
胸を張れるように。

でも、その結果で「すごい」と言われても、
どこか満たされない気持ちが
残ること、ありませんか?


がんばってる自分を、
ちゃんと自分が認めてあげること
」で
心の安定があるのかもしれないですね。



♥️:わたしの気持ちに、わたしが気づく

♥️は「わたしを見てほしい」と
ずっと願ってきました。

だけど、伝えるのが怖くて、
言えなかったこともあって。

でも、ほんとうは
自分の気持ちに、自分で気づいてあげること」が、
いちばん、深い承認だったりするんです。



♦️:数字は安心、でも本音はつながり

♦️は「”数字”で評価されるかどうかが決まる」
って思っていました。

数字で証明できないと、
不安になったりしますよね。


でも、お金や数字は
“安心の代わり”にならないかもしれない。

本当に欲しかったのは、
そのままの自分でも、ちゃんと受け入れられる場所
だったのかもしれません。



♣️:努力を続けてきた姿を見てほしいけど

♣️は、誰に見られなくても、
「努力」を続けてきたんです。

だけど、「見てもらえない」ことが重なると、
自信がぐらつくこともあって…。


だからこそ、誰にも知られない努力に、
「よくやってるよって、自分が言ってあげること」

それだけで、心の奥に、
小さな火が灯る気がするんです。



🃏:問いの先に、“わたし革命”

🃏は、こう問いかけました。

「誰に認められたくて、生きてきたんだろう?」


それぞれの”承認欲求”には、
その人なりのストーリーがあって、
願いがあって、痛みもある。


どれも否定する必要なんてないんです。


♠️の“結果”も、♥️の“想い”も、
♦️の“数字”も、♣️の“努力”も。


そんな、”承認欲求のカタマリ”
どれも、大切な「わたしの一部」だから。


でも、そのすべてを
「わたしが、わたしを認める」
ことで抱きしめられたら?


誰かの言葉を待たなくても、
数字に振り回されなくても、
許されてるって感じられたら?


そのとき、承認欲求は、
わたしを追い詰めるものじゃなくなる
かもしれません。


「がんばってるね」
「ちゃんと見てるよ」

その言葉を、
まずは、自分が自分にかけてあげる。

それが、“わたし革命のはじまり”なんです。


◎:”承認欲求のカタマリ”から“わたし革命のはじまり”

誰かに「すごいね」って言われたくて、
ついがんばりすぎちゃった日があった。

「見ててほしい」って思うのに、
言葉にできなくて、
ひとりで泣きそうになった夜もあった。


わたしたちは、いつだって
”誰かのまなざし”を追いかけてしまう。


でも、ほんとうにほしかったのは、
“わたしが、わたしを信じられる感覚”
かもしれません。


「これをやる自分が好き」

「誰にも見られてなくてもやりたい」


そんなふうに、
”内側”から動けるようになったら、
承認欲求はもう怖くないハズ。


だって、承認されることが
“救い”じゃなくて、“ご褒美”になるから。


わたしが”わたし”を認められること。


その小さな実感こそが、
世界を静かに、でも確かに変えていく


“わたし革命”の第一歩。


今日は、ほんの少しだけでいいので、

自分に「よくやってるよ」って
言ってあげてください。


それが、世界でたったひとつの
「ホンモノの承認」ですから。


最後まで、読んでいただきありがとうございます。

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