M&C通信Vol.116 見せる自分から"自由"になるために~芯を築く”センタリング・ハウス”~
こんにちは。メルト&クリエイトです。
?:がんばって整えても、どこか“チグハグ”
SNSで見せ方を磨いたり、言葉を整えたり。
未来の理想像を描いて、
そこに向かって動いているつもりなのに……
「見せる自分」に
一生懸命になってるのに、なぜかモヤモヤする。
うまく言葉を選んだはずなのに、落ち着かない。
それって、どこかに
「ちゃんと土台があるのかな?」って、
自分自身が、問いかけてるのかもしれません。
“うまくやっているはず”なのに、
心のどこかが、そっと問いかけてくるんです。
「それって、本当に“芯”から出た言葉?」って。
↔:会社なら土台から立てていきます
多くの会社では、中期経営計画を立てるとき、
「基盤的活動」、「戦略的活動」の
コンセプトを設計します。
わたしの経験で、会社の中期計画策定に
携わったことがありますが、
そのときは、将来の目的や目標を見据えて、
「基盤的活動」と「戦略的活動」に分けて
施策を考えていました。
【ざっくり言うと】
基盤的活動=経理や労務、情報システムの整備など会社の土台を支える部分
戦略的活動=営業活動、商品開発、マーケティングなど対外的なアプローチの部分
そして、それは”家の構造”で
例えることができると思うんですね。
1階部分=“基盤”を整える ことで
その上にある
2階部分=“戦略”が機能する
じゃなかいかと思うんです。
こちらを「個人」に置き換えて考えてみましょう。
∽:個人もまた、構造として“建てられて”いる

わたしたち個人にも
このような“構造”はあると思いませんか?
1階にあたるのが、「内的自己」。
感情、信念、生き方の軸。
他人には見えないけれど、
すべての行動や選択の“源”になる部分。
2階にあたるのが、「外的自己」。
肩書き、実績、SNSのプロフィール。
他者に見える形で表現される、“わたし”の外装です。
でも、SNSの世界にいると、
つい、2階にある「外的自己」ばかりを
大きくしてしまうことがありますよね。
“見せ方”や“整った言葉”を優先して、
肝心の内側が“あとまわし”になってしまう
……そんな感覚、ありませんか?
NW:「センタリング・ハウス」という視点
会社と同じように、
個人の在り方も「家のような構造」で
捉えることができると思っています。
これを”芯をつくる”という意味を込めて
「センタリング・ハウス」と
名付けましょう(オリジナルワードです)。
「センタリング・ハウス」とは、
外見や言葉ではなく、
「わたしの内側を家として築く」という発想です。
・内的自己(1階)=自分の中にある、想いや信念、感情
・外的自己(2階)=外に向けて見せる表現や肩書き、実績
1階の土台をしっかり築くからこそ、
2階が機能する。
土台が整うことで、
言葉や行動に揺るぎない重みが
出てくるんです。
≒:“芯”のない家は、風に逆らえない

たとえば、
丘の上に立つ、白くて美しい
一軒家を思い浮かべてください。
ガラス張りのバルコニー、
センスのいい家具、
まるで誰かの“理想”をそのまま描いたような、
洗練された家。
でも、その下に、土台がなかったら?
風が吹けば、ギシギシと軋み、
大雨がくれば、ゆっくりと傾いていく。
どれだけ見た目を磨いても、
“土台”がなければ、
安心して暮らせませんよね。
☹️:SNSで“映える”とみるたび、内側がちょっと苦しくなる
キラキラした日々の投稿、
プロフィールの一行、
自己紹介の書き方
SNSって、
「外的自己」をどこまで魅力的にできるかが、
すべての鍵を握っているような世界です。
でも、
「こう見せたい自分」と、
「本当に思ってること」のあいだに、
ズレが生まれていませんか?
気づかぬうちに、
“芯”から出た言葉じゃなくて、
“響きそうな言葉”を選ぶクセが
ついているかもしれない。
外的自己ばかりが膨らんで、
内的自己が、どんどん奥に
押し込められていくような感覚。
そんな感覚がありませんか?
◉:本当は、ちゃんとわかってる。
いつの間にか「どう見せるか」
ばかりを気にして、
自分の気持ちが、
どこか遠くなってしまう。
「これで、ちゃんと伝わるかな」
「こう言ったほうが、共感されやすいよね」
「でも、本当は……」って、
飲み込んできた言葉や感情が、
静かに胸の奥に溜まっていくようなあの感覚。
“自分の気持ちが置き去りになっている”
ことに、気づけなくなっている。
それが、いちばん苦しいことなんです。
センタリング・ハウスというモデルは、
そんなときにこそ、
思い出してほしい視点です。
内的自己(=自分の想いや感情)という土台が、
きちんと築かれてこそ、
外的自己(=表現や発信)が揺るがないものに
なるハズなんですね。
◎:比べる前に、ちゃんと“自分”に触れてる?
SNSを見ていると、
うまく発信している人がたくさんいて、
「自分も、もっと頑張らなきゃ」
って思うことがありますよね。
でも、その気持ちのまま投稿しようとすると、
なんだか言葉が出てこなかったり、
出てきても「これでいいのかな…?」って、
モヤモヤしたまま
送信ボタンを押していませんか?
それって、誰かと比べてるから
……ではあるんですが、
もっと言えば、
“自分の気持ち”に触れないまま、
言葉を探してるからかもしれません。
たとえば、
「この話、本当は誰に届けたいと思ってるのか?」
「何を大事にしていて、このテーマを選んだのか?」
そうやって、
“自分の中で土台を築いて”を
出発点にして言葉をつくる。
それが、内的自己を土台にして生きていく、
ということなんですね。
「わたしはこう思ってる」
その実感から発信された言葉には、
誰にも揺るがされない“芯”が宿ります。
わたしたちは、正解を探すより、
「わたしの実感」から始めることが、
いちばん強いんです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ここから、もう少しだけ。
センタリング・ハウスの“深層”を。
★EX1:会社が“公的な存在”として設計されているように
会社って、売上とか利益だけを
追いかけてるように見えるけど、
「社会の中で、どんな役割を
果たしていくか?」を前提がありますよね。
新しいサービスをつくるときも、
システムや仕組みを整えるときも、
「誰のため?」「何のため?」っていう問いがある。
だから、会社にも、
“公のためにある構造”が、ちゃんとあるんです。
利益はもちろん大事。
でも、それ以上に、
“社会にとって、どんな役割を果たすのか?”
ってことをしっかりと設計していく。
それが、会社が「公的な存在」として、
芯を持って立っているということなんですね。
「基盤的活動(1階)」「戦略的活動(2階)」を
「公的な活動」が地下で、
会社を支えていると思うんですね。
☆EX2:じゃあ、わたしたち個人には、何があるんだろう?

会社が、社会の一部として存在しているように、
わたしたち個人もまた、
ただ「自分のため」だけに
生きているわけじゃありません。
たとえば、
誰かの言葉に心が動いたとき。
ふと出た一言が、
思いがけず誰かを救ったとき。
自分では意図してなかったのに、
自然と周りに貢献できていたとき。
そんな経験、ありませんか?
わたしたちには、
内的自己(感情や信念)を超えて、
もっと心の奥深くに、静かに、
確かにあるものがある。
それが、
“神的自己”と呼ばれるもの
なのかもしれません。
「どうしてもこれだけは伝えたい」
そんな気持ちが、あなたの“使命”かもしれません。
それは、「心の奥の奥」が知っていること。
「センタリング・ハウス」は、
わたしたちの“社会性”や“使命”を
受け止めるための、
静かな地図なのかもしれません。
「ただ自分のために生きる」から、
「これが“わたしの使命・役割”だと感じて行動」へ
そして、「神的自己」の話は、またどこかで…
今日も最高の一日をお過ごしください!

いいなと思ったら応援しよう!
今日の記事はいかがでしたか?
チップは、単なるお金ではなく 感動を形にするエネルギー。
「この言葉、もっと広まってほしい!」とそんな想いを託しませんか?
チップを贈ることは、小さな想いが大きな流れになるきっかけ。
小さな円が大きなご縁となり、巡り巡って返ってきます。