静かな怒りの落とし穴
私は潜在意識を習ってから、怒りの感情と向き合うようになりました。「なぜ怒ったのか?」「何が嫌だったのか?」かを毒吐きノートに毒(怒り)を書き殴りながら、自分の気持ちを深掘っていきます。その深堀に成功すると、「あ~それそれ。その気持ち!」というような感覚になり涙がでます。イライラしながらも、そうやって自分と向き合ってきました。
この毒吐きノートの良いところは、怒りを外側に向けることが無いので、余計な摩擦が起きませんし、周りの人を気づ付けることもありません。落ち着きをある程度戻した後、周りには「私は〇〇と思った」「私は〇〇で傷ついた」と淡々と伝えるようにしていました。しかし、この伝え方は周りにはインパクトも無く、スルーまではいきませんが、軽んじられることがあることが分かりました。
そして今朝、今までの怒りを思う存分ぶちまけました。怒鳴り声をあげ、バンバンと机を叩き、怒りに身を任せ気持ちをぶつけました。もちろん、相手はなぜ急に怒り出したのか分かっていませんでした。
えっ?えっ?えっ?
寝耳に水状態となっている様子をものともせず、怒鳴り続けました。案の定、「私の気持ちを分かっているつもり」という状態でした。以前、文章で伝えた、「私はこう思った。だからこうしたい。」という内容を全く覚えていませんでした。まさに、既読スルーという状態。相手が悪かったというより、私の伝え方に偏りがあったのだと思います。
1時間半怒鳴り続け、机をバンバン叩いたせいで、喉は痛いし、手や腕のあちこちに痣が…。痛みを感じながら、「手の平や甲にも痣ができた~」と眺めております。一度に感情をぶつけられた相手も、溜まったもんじゃないですよね(笑)。
周りを巻き込まず、静かに怒りを鎮めることに美徳と思っていました。しかし、物事にはやはり両面ありますね…。美徳と思っていた行動…今は美徳とも思えず。「怒りをぶつけること」が正しいわけでもない。「怒りを抑え込むこと」が正しいわけでもない。私が美徳だと思っていた「静かに処理すること」にも、見えていなかった影がありました。物事には必ず両面がある。そのことを、身をもって学んだ朝でした。
May your days flow like a mellow tide.
Until next time.
