結果の手前にある時間
先日、
子どもの私立高校の入試で、
送り迎えをした。
試験会場には入らなかったけれど、
運動場に立った瞬間、
空気が少し違うと感じた。
静かなのに、張りつめている。
声はないのに、熱がある。
そこに集まっている子どもたちは、
みんな 我が子のライバルだ。
でも、不思議と
競争相手だとは思えなかった。
むしろ、
「みんな、頑張ってほしい」「力を出し切ってほしい」
そんな気持ちが、自然に湧いてきた。
よく逃げずに、
ここまで来たな。
ナイスファイト。
声には出さなかったけれど、
心の中で、みんなに
そう声をかけていた。
その光景を見ながら、
自分の中学時代を、ふと思い出した。
中学の頃、
「頑張る」って、なんだかカッコ悪いと思っていた。
一生懸命なやつより、
テキトーに流しているやつの方が
カッコいいと思ってた
部活も、勉強も、学校行事も。
本気を出さないことが、
自分を守る術みたいに思っていた。
でも、
受験だけは違った。
なぜか、
あれだけは本気で挑んだ。
理由は、うまく言えない。
ただ、
逃げたくなかったんだろう。
今、
その受験に、子どもが挑んでいる。
会場に向かう背中を見ながら、
昔の自分を思い出す。
あの頃の自分は、
誰にも見せずに、
一人で必死だった。
親ができることは、本当に少ない。
勉強を代わることもできない。
不安を消してやることもできない。
できるなら、
合格させてあげたい。
それが、
親としての本音だ。
でも今は、
それよりも大切なものが
ある気がしている。
合格することより、
挑戦すること。
結果より、
向き合った時間。
逃げずに、
自分で決めて、
机に向かった日々。
あの頃の自分も、
結果より先に、
「本気で挑んだ」という感覚だけが
今も胸に残っている。
だから、
もしうまくいかなかったとしても、
それは失敗じゃない。
ちゃんと挑戦した、
立派な通過点だ。
今、
子どもが挑んでいるのは
試験じゃない。
自分の弱さや不安と、
向き合う時間そのものだ。
同じ屋根の下で、
同じ夜を過ごしながら、
俺はただ祈っている。
合格ではなく、
この挑戦が、
子どもの中に
確かな何かを残しますように。
