記憶ときらめく風の通り道、桜の風が吹くころに
町はずれに、不思議な道がある。
誰も地図には書いていないし、毎日そこにあるわけでもない。
夕暮れの少し前。
風が強く吹いた日にだけ、その道は現れる。
細い石畳の脇に、小さな白い花が咲いていて。
光の粒みたいな綿毛が、空へふわふわ舞い上がる。
人はその道を、「記憶ときらめく風の通り道」と呼んでいた。
その道を歩くと、忘れていたはずの思い出が、風に乗って帰ってくるらしい。
私は少し迷いながら、その石畳を歩いた。
薄いカーディガンの袖を押さえるたび、風がさらさらと髪を揺らす。
道の先には、小さな光が漂っていた。
ひとつ、またひとつ。
まるで蛍みたいに、淡く揺れる光。
その中に、見覚えのある景色が浮かんだ。
小学校の帰り道。
ブランコの錆びた匂い。
夕焼けの空。
ランドセルを揺らしながら、誰かと競争した細い坂道。
どれも遠いはずなのに、光の中では昨日のことみたいに鮮やかだった。
ふいに、一枚の景色が目の前に落ちてきた。
春の公園。
桜が舞う並木道を、小さな私はおばあちゃんと一緒に歩いていた。
少し大きめの手をぎゅっと握って、ベンチに座って、ふたりであんぱんを半分こした。
風が吹くたび、花びらが肩に落ちて、おばあちゃんは「桜の妖精が遊びに来たねえ」って笑っていた。
でも、その顔だけが、どうしても思い出せなかった。
優しかったこと。
手が少し冷たかったこと。
笑うと目尻にしわが寄ったこと。
覚えているのに、一番大事な顔だけが、ぼやけていた。
そのとき、強い風が吹いた。
髪がふわりと乱れて、慌てて耳にかける。
風の中で、小さな声がした。
『大きくなったねえ』
振り返る。
誰もいない。
でも、花の匂いと一緒に、懐かしいぬくもりだけが残っていた。
その瞬間。
ぼやけていた顔が、ふわりと浮かんだ。
少したれた目。
優しい笑い方。
私の頭を撫でる、大きな手。
忘れていたんじゃない。
ずっと、胸の奥にしまっていただけだった。
気づけば、道の終わりが見えていた。
振り返ると、光の粒はもう風に溶けて消えている。
帰り道。
私は空を見上げた。
夕暮れの雲が、少しだけ金色に光っていた。
たぶん記憶は、なくなるんじゃない。
風みたいに、見えなくなるだけ。
そしてきっと。
大切なものほど、またどこかで、そっと会いに来てくれるのだ。
片桐みかんさんのお題に参加させて頂きました😊✨️
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