もう一度だけ会えるなら
それは、夢だと思っていた。
夜の帰り道、いつもの小道を歩いていると、
見慣れたはずの景色が、少しだけ違って見えた。
空気がやわらかく光っていて、
まるで、時間がゆっくりほどけていくみたいだった。
ふと、足を止める。
その先に、ひとりの人影が立っていた。
見間違えるはずなんて、なかった。
ずっと、会いたいと思っていた人だったから。
——もし、もう一度だけ会えるなら。
あなたに会うことができたら、
何を伝えようかと、何度も何度も考えたはずなのに。
名前を呼ぼうとして、
でも、声がうまく出なかった。
代わりに、その人が少しだけ笑う。
「久しぶり」
懐かしい声だった。
一歩、近づく。
向こうも、同じように一歩だけ近づいた。
その距離は、あと少しで触れられそうなのに、
なぜか、それ以上は近づけない。
手を伸ばす。
相手も、同じように手を伸ばした。
指先が、そっと重なる。
触れた、はずなのに。
そこには確かな温もりがあったのに、
同時に、すぐに消えてしまいそうな気配もあった。
「元気にしてた?」
そんな、ありきたりな言葉しか出てこなかった。
でも、その人は静かにうなずいた。
「うん。ちゃんと、見てたよ」
その一言で、
胸の奥に閉じ込めていたものが、ほどけていく。
風が、やさしく通り抜ける。
光が、少しずつ弱くなっていく。
終わりが近いのだと、わかってしまう。
「ねえ」
思わず、声をかける。
今度こそ、言わなきゃいけない気がした。
「ありがとう」
それだけを、なんとか言葉にした。
相手は少しだけ驚いた顔をして、
それから、やさしく笑った。
その瞬間、指先の感触が、ふっと軽くなる。
光がほどけるみたいに、
その姿は、ゆっくりと消えていった。
引き止めようとは、思わなかった。
もう、ちゃんとわかっていたから。
これは、
もう一度だけ会えるならと願った夜の、
答えだったのだと。
気づけば、いつもの夜道に戻っていた。
それでも、
胸の奥には、あたたかいものが残っていた。
もう一度だけ会えるなら。
そう思っていた気持ちは、
もう、静かにほどけている。
会えたからじゃない。
ちゃんと、伝えられたから。

片桐みかんさんのお題に参加しました👇️✨️
