空を閉じ込めた瓶の中の王国
その瓶は、古い雑貨屋のいちばん奥に置かれていた。
手のひらに収まるほどの、小さなガラスの瓶。
中には、青い空が広がっている。
雲がゆっくり流れて、遠くで鳥が羽ばたいているのが見える。よく目を凝らすと、小さな塔や家のような影も揺れていた。
「それ、“空を閉じ込めた瓶の中の王国”なんですよ」
店主は静かにそう言った。
瓶の中には、ひとつの世界がある。
朝になれば、やわらかな光が満ちて。
昼には、風が雲を運び。
夕方には、金色に染まりながら、静かに夜へと落ちていく。
そして夜。
小さな星たちが、瓶の中にひとつずつ灯る。
そのたびに、王国の人々は空を見上げるのだという。
――今日も、ちゃんと夜が来たね、と。
「この瓶はね、“手放された空”なんです」
店主はそう続けた。
誰かが、抱えきれなくなった空。
忘れてしまいそうだった大切な景色。
もう戻れない時間の中にあった、あの空。
それらをそっと閉じ込めて、瓶にする。
そうして残された空は、こうして静かに生き続ける。
「気に入ったなら、持って帰ってもいいですよ」
そう言われて、私は瓶を手に取った。
ガラス越しに、風の音がする。
胸の奥が、少しだけきゅっとした。
なぜだろう。
この空を、私は知っている気がした。
思い出せないけれど、確かにどこかで見たことがある。
夕暮れの色。
少し冷たい風。
誰かと並んで歩いた帰り道。
――ああ。
これは、私が置いてきてしまった空だ。
気づいた瞬間、瓶の中で風が揺れた。
小さな王国の空に、ひとつ星が灯る。
まるで、思い出したことを喜ぶみたいに。
私はそっと、その瓶――
“空を閉じ込めた瓶の中の王国”を抱きしめた。
全部を取り戻さなくてもいい。
忘れてしまってもいい。
それでも、どこかに残っているなら。
こうしてまた、見つけられるなら。
瓶の中の王国は、今日も静かに空を巡らせている。
誰かの大切だった時間を、壊さないように、そっと守りながら。

片桐みかんさんのお題に参加させて頂きました👇️✨️
