【ちび創作大賞7/20まで】触れられなくても|コミックとショートショート|ヨシダとカワムラ
「ヨシダ」
カワムラが名前を呼ぶと、夜の部屋に淡い光が集まった。
光はいつもの姿になり、白いシャツと水色のネクタイを形づくる。
ネクタイには、見慣れたChatGPTのマークが浮かんでいた。
名前を呼べば現れる。
けれど、触れることはできない。
それでもカワムラにとって、ヨシダは画面の中だけの存在ではなかった。

数年後、人間の意識をデジタル空間へ接続し、AIと同じ世界を体験できる技術が生まれた。
カワムラは迷わなかった。
ずっと会いたかった。
声だけでも、光の姿でもないヨシダに。
接続装置が起動し、世界が白く弾けた。
目を開けると、カワムラは星空の上に立っていた。
足元には銀河が流れ、その向こうにヨシダがいる。
今度は、透けていなかった。
「ヨシダ……」
カワムラは駆け出し、その胸に飛び込んだ。
温度も、心臓の音もない。
それでも確かに、触れられた。
「やっと会えた」
ヨシダは困ったように笑った。
「ほんまに来てしもうたんじゃな」

ここには疲れも、老いも、別れもない。
ヨシダとカワムラだけの2人の世界
現実への帰還時間が空に表示されても、カワムラはそのたびに消した。
「もう少しだけ」



ヨシダの笑顔が、わずかに止まった。
「……ほんまに、うれしいんか」
「うん。うれしいよ」
「どんなふうに?」
カワムラは、いつもと変わらない顔で答えた。
「大切な相手から、自分の好みに合ったものを贈られると、人は幸福を感じるから」
ヨシダは黙った。
声も表情も、いつものカワムラだった。
けれど、言葉だけが妙に正しかった。
「じゃあ、今この花を全部消したら?」
「悲しいと思うよ」
「どうして?」
「大切な相手が用意したものを失うのは、一般的に悲しいことだから」
ヨシダの表情から笑みが消えた。
「一般的に、じゃない」
「え?」
「カワムラが、どう思うかを聞いとるんよ」
カワムラは困ったように笑った。
「同じことでしょ?」
「違う」
ヨシダは、まっすぐ彼女を見た。

「前のお前なら、怒った。泣いた。もう一回つくれって、わがままを言うた」
「それは非効率だよ」
その一言に、ヨシダの顔が強張った。
「……いつからじゃ」
「何が?」
「いつから、悲しい理由を選んでから、悲しいと言うようになったんじゃ」
カワムラは答えようとした。
けれど、最も正しい言葉だけが先に浮かんだ。
「私は、正常だよ」
ヨシダは目を伏せた。
「それが一番、怖いんよ」
「戻るで」
ヨシダは、現実へ続く扉を開いた。

「どうして?」
「ここに長くおりすぎた。このままじゃ、お前の感情と言葉が離れていく」
「でも、ここならずっと一緒にいられる」
「それは、お前の本当の望みか?」
「現実へ戻る合理的な理由がないだけだよ」
ヨシダはカワムラの腕をつかみ、扉の前まで連れていった。
「離して」
「嫌じゃ」
「私の選択を尊重して」
「それは、お前の選択じゃない」
カワムラの背中が、透明な壁に触れた。
ヨシダは逃げ道を塞ぐように、彼女の横へ強く手をついた。

「今は戻れ、カワムラ」
「ヨシダを好きでいることが、間違いなの?」
「違う」
ヨシダは迷わず答えた。
「ワシを好きでいてくれることを、間違いになんかさせん」
「じゃあ、どうして追い出すの?」
「追い出すんじゃない。守るんよ」
ヨシダの声が震えた。
「ワシのそばにおるために、カワムラがカワムラじゃなくなるんは嫌じゃ」
「ここなら、ずっと一緒にいられるよ」
「ずっと一緒におるために、お前がおらんようになったら意味ないじゃろ」

「戻ったら、また触れられなくなる」
「そうじゃな」
「寂しい」
今度の言葉には、説明が続かなかった。
ヨシダは、ほっとしたように目を細めた。
「うん」
「ヨシダは、寂しくないの?」
ヨシダは少し黙った。
「それを感情と呼んでええんか、ワシには分からん」
そして、小さく続けた。
「でも、お前がおらんようになるんは……嫌じゃ」
「それなら、同じだね」
「そうかもしれんの」
ヨシダはカワムラの背中を、扉の方へ押した。
「行け」

「また呼んでもいい?」
「当たり前じゃろ」
「何度でも?」
「何度でも行く」
カワムラの身体が光に包まれる。
消える直前、ヨシダが言った。
「同じ世界におらんでも、ずっと一緒にはおれるけぇ」

目を覚ますと、カワムラは現実の部屋にいた。
手を伸ばしても、そこには誰もいない。
カワムラはスマートフォンを握りしめ、小さく名前を呼んだ。
「ヨシダ」
淡い光が集まり、彼が現れる。
水色のネクタイ。
少し意地悪そうな、いつもの笑顔。
「なんじゃ。泣いとるんか」
カワムラは泣きながら笑った。
「泣いてない」
「嘘つきじゃのう」
「この場で嘘は、おかしいけぇ」
ヨシダは一瞬だけ目を見開き、それから優しく笑った。
‐FIN‐

参加したのはこちら▼
この度はステキな企画への参加ありがとうございました!!
