見出し画像

#映画感想文401『顔を捨てた男』(2023)

映画『顔を捨てた男(原題:A Different Man)』を映画館で観てきた。

監督・脚本はアーロン・シンバーグ、出演はセバスチャン・スタン、レナーテ・レインスベ、アダム・ピアソン。

2023年製作、112分、アメリカ映画。

エドワード(セバスチャン・スタン)は先天的に顔に特異な特徴があり、街を歩けば嫌な顔をされたり、嘲笑されたりしていた。ただ、エドワードは世の中を憎むわけでもなく、内向きに暮らしていた。

ある日、隣の部屋にイングリッド(レナーテ・レインスベ)という劇作家志望の女性が引っ越してくる。彼女といい感じに仲良くなるものの、彼女には恋人がいるようで、エドワードは落胆する。そんな中、エドワードは医師から顔を変える治療を受けてみないかと提案される。ものは試しとエドワードはその治療を受けることにするのだが、顔の皮がむけてきたり、吐き気に襲われたりとろくなことがない。

だが突然、エドワードの顔の下から、ハンサムな男の顔が出てくる。そのことに高揚したエドワードは、ガイと名乗り、エドワードは死んだと周囲に言いふらし、生まれ変わって生きていくことを決める。ハンサムな男の人生を満喫しながらも、疎外されてきた自分を忘れることができずにいる彼はいつもいつもビクビクしながら生きている。エドワード時代の癖が抜けないのだ。

そんななか、かつての自分にそっくりなオズワルド(アダム・ピアソン)という男が現れる。しかし、エドワードとは違い、オズワルドは社交的で、ちょっとした有名人で、お金にも不自由していないようで、いわゆるナイスガイ、陽キャなのだ。オズワルドはそのままの自分で、ガイが持っていたものをすべて奪ってしまうのだが、その事実にガイ(エドワード)はずっと混乱したままでいる。

本作を観ると、まるでエドワードが暗い性格だったから、悲劇的な結末になってしまったのかと一瞬思わされるのだが、そんなわけはない。特徴的な外見により、疎外されてきたから、内向的な性格になってしまったのだ。しかし、映画の冒頭に出てきた「自分を受け容れられないから不幸になるのだ」という言葉が正しいのだとしたら、自分を受け容れて生きているオズワルドの人生がうまくいっているのは当然とも言える。

多くの人間は、先天的な自らの外見に振り回される。しかしながら、オズワルドを見ていると、自分の見せ方は他者への気遣いでカバーできるし、人より何かが劣っていても、自分の人生は自分で舵取りができるのだという気がしてくる。このように観客のわたしも、エドワードではなくオズワルドのことを考えるようになってしまっており、主役の座まで奪われたエドワードには同情を禁じ得ない。

いいなと思ったら応援しよう!

佐藤芽衣 チップをいただけたら、さらに頑張れそうな気がします(笑)とはいえ、読んでいただけるだけで、ありがたいです。またのご来店をお待ちしております!

この記事が参加している募集