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#映画感想文377『教皇選挙』(2024)

映画『教皇選挙(原題:Conclave)』(2024)を映画館で観てきた。

監督・脚本はエドワード・ベルガー、出演はレイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチ、ジョン・リスゴー、カルロス・ディエス。

2024年製作、120分、アメリカ・イギリス合作。

カトリック教会のローマ教皇が亡くなると、新教皇を決めるため、教皇選挙「コンクラーベ」が行われる。世界中から教皇の候補者である枢機卿がバチカンに集まってくる。

ローレンス枢機卿(レイフ・ファインズ)は首席の枢機卿で、前教皇の右腕、秘書のような存在だったことから、コンクラーベを取り仕切ることになる。

前教皇の意志や思想を引き継ぐべく、ローレンスの周囲は、リベラルなベリーニを教皇にしようと動いているのだが、彼らとて同性愛者の結婚は許せても女性が教皇になることは断固反対であったりと、その考えにはさまざまなグラデーションがあることが浮き彫りになってくる。

リベラル派の内紛をよそに、死の直前の教皇と面会をして解任を命じられたはずのトランブレが選挙に何食わぬ顔で参加していたり、人種差別的で多様性を認めない保守のテデスコの台頭、初の黒人教皇を目指すアデイエミなど、さまざまな政治的な思惑が入り乱れ、ローレンスは日増しに憂鬱に襲われていく。

教皇選挙は投票者の三分の二以上の票を獲得した候補者がいない限り続く。票が割れれば、また翌日が投票日となる。本作では確か72人以上の票を得る必要があった。最多票を獲得しても決選投票が行われるわけではないので、また一からやり直しとなる。いくら予算があっても足りない。永遠に決まらないのではないかという恐怖もある。もちろん、彼らの耳にも、世間からの非難の声は届いており、緊迫した状態が続く。

あっと驚くような結末が待っているのだが、監督の未来に対する楽観主義は、今の世界情勢からすると、ある種の救いになるように思われた。また、弦楽器により、張りつめた緊張感が強調されているところも良かった。

鑑賞後、なぜ『アノーラ』がアカデミー賞の作品賞を受賞し、本作は受賞を逃したのかをちょっと考えた。教皇選挙で苦悩するローレンスは痛々しいぐらいなのだが、一歩外に出れば、権力と権威を持った男性である。体制側の人間であり、その体制を覆すようなアウトサイダーが世界を変えることを予感させて物語は終わる。

一方の『アノーラ』は、インサイダーになりきれず、社会の底辺をさまよう、移民三世の女性で、最後まで救われなかった。しかし、アノーラのような主人公にスポットライトを当てることには意義がある。一歩引いてみれば、ローレンスの苦悩は高級な贅沢品に見え、アノーラの暮らしには切実な苦しみがある。時代の空気は後者を支持したということなのだと思われる。

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佐藤芽衣 チップをいただけたら、さらに頑張れそうな気がします(笑)とはいえ、読んでいただけるだけで、ありがたいです。またのご来店をお待ちしております!

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