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『壇浦兜軍記 阿古屋』 『隅田川』 (BS)

今は亡きBS松竹東急の録画にて鑑賞。J:COM BSに変わって歌舞伎の放送がなくなってしまって悲しい限りです。

壇浦兜軍記 阿古屋

2008年12月@歌舞伎座での上演。放送されたのはBプロ。玉三郎が阿古屋役で出演せず、阿古屋を勤めるのは中村梅枝(現・時蔵)。玉三郎は人形振りの岩永左衛門を演じた。玉三郎の無駄遣いというのか、もはや玉三郎が玉三郎であるのかさえよく分からない人形っぷりで、明らかに笑かしにきている。つくづく面白い人である。

目にも耳にも麗しい豪華な女方屈指の名作
 平家滅亡後、平家の武将悪七兵衛景清の行方を問い質すため、景清の愛人である遊君阿古屋が問注所に引き出されます。景清の所在を知らないという阿古屋を岩永左衛門は拷問にかけようとしますが、詮議の指揮を執る重忠は、阿古屋に琴、三味線、胡弓を弾かせることで心の内を推し量ろうとします。言葉に嘘があるならば、調べに乱れが表れるとされるなか、阿古屋は…。阿古屋は三曲を実際に演奏しながら微細な心情を表現する女方の大役。音曲と共に華やかな舞台をご堪能ください。

https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/595/

『阿古屋』は、文耕堂・長谷川千四の浄瑠璃『壇浦兜軍記』(1732・享保十七)三段目の口にあたる。

中世の幸若舞「景清」では阿古王(阿古屋)は悪妻である。夫景清が平家の落ち武者になると、我が身と二人の子供の安泰を考えて、景清の行方を二度まで訴え出る。頼朝はその裏切り行為を憎み、鴨川と桂川が合流する稲瀬ガ淵の深いところに阿古王を柴漬(ふしづ)けにする。<…中略>
近世の浄瑠璃になって、生きた人間に近付く。近松門左衛門の浄瑠璃「出世景清」(1685・貞享二)が、彼女の行為に新しい光を当てた。阿古屋が夫を裏切るのは、誇りを踏みにじられたからである。

http://theatrearts.aict-iatc.jp/201812/5697/

近松が没したのは1724年のことであるから、追悼の意も込められていたのだろうか。元々は悪妻であった阿古屋は、『出世景清』において裏切りの正当な理由が与えられ、『壇浦兜軍記』に至って夫の行方の秘密を守り抜くこととなった。

しかし、変な話だ。源氏は平家の残党、剛勇で知られた悪七兵衛景清の居所を突き止めるため、その愛人で子供を身籠っている五條坂の遊君阿古屋の取り調べを行う。責め道具として持ち出されたのは琴、三味線、胡弓。"音楽裁判"が始まるのであった。

重忠は恐らく音楽が大好き、しかも阿古屋に好意も抱いているのではないか。阿古屋に馴れ初めを聞いたりもして、拗ねて三味線責めを開始したりと…変態である(彦三郎がハマっていた)。

梅枝(現・時蔵)は玉さまからみっちりと指導を受けたのだろう。教えられた跡が見えるというか、完コピに近い。衣装も豪華でうっとりしますね。

3つの楽器では特に琴。藤間勘十郎による解説付き動画があったので貼っておこう。

(ちなみに、玉さま阿古屋はシネマ歌舞伎でオンデマンド鑑賞可)

隅田川

こちらは2005年6月@南座での上演。6代目歌右衛門が海外で何度も上演した舞踊『隅田川』は「梅若伝説」を元にした能の『隅田川』を題材に創られた。こちらは、その歌右衛門の『隅田川』を玉三郎が清元ではなく杵屋勝国作曲の長唄をつかって創った新作の長唄舞踊である。

…とは書いてみたものの、清元と長唄の違いがあまりよく分かっていない。ジャンルとしては大きく語り物と唄物で違うようだが…。

曲調、楽器の違いがあって、唄方と太夫の違いもある。

聴き比べるのが一番いいですかね。

(何となく違いが分かった気もする)

さて、話としては、人買いにさらわれたわが子・梅若を訪ねて旅を続けた母が隅田川のほとりでわが子の死を知るというもの。悲しいです。霧のかかった舟の渡し場が幻想的であったが、これは実に玉三郎的な世界観。死の世界とのきわ、あるいは淵において、死んだ子供の幻が垣間見える。

雨月物語

「子供と生き別れになった母の悲しみ」を映した「隅田川物」は江戸の人々に大変親しまれたということだが、生まれた子供が成人を迎えられることが当たり前ではなかった時代を思う。

山本吉之助氏による解説も勉強になった。

(2026年4月6日鑑賞)


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