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夢のような食卓

夢のような食卓



子どもの頃から、
絵本で見たり、
本で読む食卓が好きだった。

出来立ての、
こんがり焼き色のついたチェリーパイやミートパイ。  
香りまで伝わってきそうな、
湯気を立てる大きなスープ鍋。  
陽の光に透ける、赤いイチゴ水。  
素朴な香りの、ひきわりとうもろこしのパン。  
ガラス瓶に並ぶ、
宝石みたいなさくらんぼの砂糖漬け。

果物が山盛りに並ぶ木のテーブル。  
窓から差し込む、やわらかな光。


ページをめくるたび、
そこには「おいしそう」だけではない、
あたたかな空気が流れていた。

湯気の向こうで誰かが笑い、
「たくさん食べてね」と声をかける。

そして母になってからは、
子どもたちに読み聞かせをしていた
絵本に出てきた食卓の光景が、
私自身の楽しみにもなっていた。

ぐりとぐらの
ふわふわに焼き上がった大きなカステラ。

14ひきのあさごはんなど、
14ひきシリーズに描かれる、
森の恵みいっぱいの食卓や台所や部屋。

きのこスープ。  
摘みたての木の実。  
焼きたてのパン。  
自然の恵みを囲む朝ごはん。

ねずみの大家族14ひきが、
森の中で季節と共に暮らし、
家族みんなで作り、
みんなで囲む温かな食卓が、
たまらなく好きだった。


季節が変わるたび、
その時期に合ったシリーズを選び、
子どもたちに読み聞かせをした。

読みながら、
私たちもまるで
ねずみの家族になったように、
絵本の中へ入り込み、
森の暮らしを楽しんでいた。

慌ただしい日や、
気持ちが落ち着かない日ほど、
私はそんな絵本の食卓に救われていた気がする。

そのたびに、
私は何度も思った。

こんな食卓のある家にしたい、
と。

14ひきシリーズのいわむらかずおさんの絵本の世界観に惹かれるのは、
自然との共生、
家族の絆と温かさ、
そして丁寧な暮らしという、
現代人が忘れがちな
「心の豊かさ」が詰まっているからなのだと思う。

そこに描かれる台所は、
安心できる居場所であり、
暮らしの原点である喜びを、
あらためて思い出させてくれる場所だ。

母の台所


母の台所に並んでいたのは、
梅酒
梅干し
梅の甘煮
梅のカリカリ漬け
梅サワー
紫蘇ジュース
季節ごとのジャムや漬物
らっきょう



ガラス瓶の向こうには、
季節の時間が静かに閉じ込められているようだった。

梅干しの瓶を見るたび、
母の手を思い出す。
台所にはいつも、
季節が息づいていた。


春になると、
うちの庭ではさまざまな植物が目を覚ました。
咲いた花々が庭で私を迎えてくれた。
そっと葉に触れ、指先に移る香りを深く吸い込んだ。

タイム
ベルガモット
マロウ
チェリーセージ
アメジストセージ
カモミール
ローズマリー
レモングラス

花では
アジュガ
黄梅
紫蘭
ガザニア
ツルニチニチソウ



白い斑入りのギボウシは、
やわらかな光を受けながら、
静かに葉を広げていく。

ウッドデッキにある椅子に座り、
雪柳や桜の花、少しずつ背を伸ばしていくハーブや草花を眺める時間が好きだった。  

季節の光を受けながら育つ姿は、小さな命の息づかいのようで、見ているだけで心が癒された。

そして、咲いた花をそっと摘み、香りにつつまれながら器に活けるのは、至福の時間だった。
暮らしの中に季節を迎え入れているような気持ちになった。


春に咲いた桜は、
連休の頃には小さなさくらんぼを実らせた。

たわわに実った小さな赤い実を、
そのまま口に運ぶ日もあれば、
枝ごと部屋に活けたり、
実家やご近所さんに配ったり、
離れて住む子どもたちへ送ったこともあった。


小さな実りが、
人と人をつなぎ、
季節の喜びをめぐらせてくれた。

鍋でことこと煮れば、
透き通るルビー色のジャムになった。

甘酸っぱい香りが、
台所いっぱいに広がる時間は、
それだけで幸せだった。


マロウ、カモミールの花。  
レモングラス、レモンバームやミントの葉。


それらを収穫して乾燥させ、
香り豊かなお茶にした。

あの頃から、
ローレルやローズマリー、タイムは、
暮らしのそばにある植物だった。
伸びた枝を切ってリースにし、
部屋に飾りながら、
必要な時にはその都度料理に使う。


ローズマリーは煮出して、
シャンプー後の髪にも使っていた。
その香りを感じると、
今でもふっと、
あの頃の季節を思い出す。

その習慣は、
形を変えながら、
今の暮らしにも続いている。



植物たちは、
暮らしのあらゆる場面で役立ち、
癒しや香りや恵みを与えてくれる。

まさに自然の恵みを、
さまざまな形で利用させてもらっている。

私たちは自然の一部で、
その中で循環していることを思いながら、
自然の恵みに感謝する。

白いネロリの花は、
幸せな気持ちになる華やかな香りを漂わせ、
その香りの中にいるだけで、
呼吸が深くなり、
心まで整っていく気がした。


部屋の中には、
摘みたてのネロリやハーブを飾った。


ローズゼラニウム
ラベンダー
ミント
レモンバーム

何種類ものハーブをアレンジすると、
相乗効果で、
それはそれは豊かで華やかな香りになった。

どんな組み合わせでも、
不思議と芳しい。

春から初夏にかけての庭は、
五感に響く楽しさに満ちていた。

そのハーブたちは、
アレンジメントに使って飾っても美しく、料理に使っても香り高い。




またクラフトに使っても楽しかった。
たくさん収穫したラベンダーでラベンダーバンドルを作り、飾って見て
嗅いで香りも楽しんだ。

見て、  
香って、  
作って、
食べて。

植物たちは、
暮らしの中に、
さまざまな喜びを運んできてくれる。

特に雨上がり。

濡れた土とハーブや草花が混ざり合う匂いは、
胸の奥にまで静かに沁み込み、
張っていた心を、
そっとほどいてくれた。


誰かが疲れて帰ってきた時、
あの家の香りで、
少しでも力を抜けていたならと思う。


ある日のウッドデッキでは
家族で
ごはんを食べたりしたり
バーベキューをしたりした。


両親が加わる日もあれば、
妹が加わる日もあり、
子どもたちの友人たちが加わる日もあった。


そして、ご近所さんとも
「今年はいつにする?」
と予定を合わせながら、
年に一度の恒例行事になった。

炭火で焼いた肉や野菜の
香ばしい匂いが庭いっぱいに広がった。

とうもろこしやソーセージの焼ける匂い。  
子どもたちの笑い声。  
「まだ焼けない?」とはしゃぐ声。

子どもたちはお腹が満ちると、
誰かの家に上がり込み、
ゲームをしたり、
おもちゃを広げたり、
思い思いに遊び始めた。

ひとつの遊びに飽きると、
また次の誰かの家へ移動して、
みんなでわいわい遊び続けた。

食べ盛りの男子たちは、しばらく遊ぶとまたお腹が減ってきて、
「焼きそばと焼きおにぎり、
お願いしまーす!」
とバーベキューの場へ戻ってきた。

大皿いっぱいの焼きそばと、
こんがり焼けた醤油の香ばしい焼きおにぎりを、それぞれ両手で大事に抱え、またみんなで誰かの家へ戻っていった。

その自由さも、
行ったり来たりする賑やかさも、
なんだかあの頃らしい微笑ましい光景だった。

夕暮れになると、
灯りを灯した。
オレンジ色のやわらかな灯りが、
庭や人の横顔を静かに照らしていった。


子どもたちにとって、その日だけは、夜遅くまで遊ぶことが許された特別な日。
大人たちは飲み物片手に、
笑い合い、語り合った。

最後には、
みんなで花火をした。

ぱちぱちと弾ける音。
ポトンと落ちる線香花火。
夜風。  
笑い声。  
夏の匂い。

その中にいると、
心は温かく満ちていった。

バーベキューが終わった後、
静かになった庭には、
花火の残り香と、
夏の夜の余韻だけが残っていた。

始めた頃は赤ちゃんだった子どもたちも大人になり家を離れていき、結婚し親になっていった。

あの豊かで楽しく美味しい時間の記憶は、私たちだけでなく、
きっとそれぞれの子どもたちの引き出しにも、大切にしまわれているだろう。

誰かと食卓を囲むこと。  
季節を一緒に楽しむこと。  
笑い合いながら、
同じ時間を過ごすこと。

そんな記憶は、
目には見えなくても、
人の中に静かに残り続けるのだと思う。

あの頃、
一緒に絵本を読んでいた子どもたちも、今はそれぞれの場所で暮らしている。

子どもたちは、
暮らしの中で、
それぞれの大切な人と季節を重ねている。

今度は自分の子どもたちに
絵本を読み聞かせながら、
一緒に楽しんでいる子もいれば、
またこれから新しい時間を育てていく子もいる。


あの頃とは違う景色の中で暮らしている今。

子どもたちは成長し、
今はまた別の世代と食卓を囲むようになった。
それでも季節が巡るたび、
私は変わらずハーブを摘み、料理に使い、ジャムを煮ている。

季節の手仕事は
以前と変わらず今の暮らしの中に生き続けている。



今になってようやくわかった。

私はずっと、
豪華な料理を作りたかったのではなく、安心できる家を作りたかったのだ。

子どもの頃、
絵本の中に見ていた
「夢のような食卓」とは、
きっとこういうものだったのだ。

特別な料理のことではなかった。

季節の香りがして、  
笑い声が聞こえて、  
一緒にごはんを囲み、  
誰かが「おかわりあるよ」と言ってくれる場。

そして、
「誰もがそのままの自分でいい」と、
自然に思えること。

その安心感が、
食卓を夢のような場所にしていたのだ。

子どもの頃、
絵本のページの向こうに見ていたものを、
今度は自分が、
誰かに渡したかったのだ。

母が作ってくれた安心感を受け取り
今度は私も誰かに渡せていたのなら、
とても嬉しい。

だから今日も私は、
料理だけではなく、
季節や記憶や、
ほっとできる空気まで、
そっと食卓に添えている。

いつか誰かの記憶の中に、
「あの家のごはんは、
ホッとしたなあ」
「あの家に行くと、
なんだか落ち着いたなあ」
と小さく残ってくれたら、
こんなに嬉しいことはない。



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