「身体が反応しないのは、おかしいこと?」前編
「何も感じない気がする」
そんなふうに思ったことはありませんか。
触れられても、
特に変化を感じない。
やさしくされているはずなのに、
内側は静かなまま。
頭では理解しているのに、
身体がついてこないような感覚。
周りの話を聞いて、
「わたしは少し違うのかもしれない」
そう感じたことがある方もいるかもしれません。
でも、
その感覚は、
決しておかしなものではありません。
むしろ、
とても自然で、よくある身体の反応のひとつです。
わたしたちの身体は、
いつでも同じように反応しているわけではありません。
そのときの状態や環境によって、
感じ方は大きく変わります。
たとえば、
初めて訪れた場所にいるとき。
空間はきれいで落ち着いているのに、
どこか身体が緊張しているような感覚。
椅子に座っていても、
背中やお腹に少し力が入っていたり、
呼吸が浅くなっていたりすることがあります。
それは、
「リラックスしてはいけない」というわけではなく、
まだ身体が様子を見ている状態です。
あるいは、
人と話しているとき。
表面上は自然に会話ができていても、
どこかで言葉を選んでいたり、
空気を読みながら少し気を遣っている。
そのとき、
身体はほんのわずかに緊張しています。
その状態では、
深くゆるんだり、
やわらかく反応することが難しいこともあります。
これは、
何かが足りないからではなく、
身体がちゃんと働いているからです。
必要なときには閉じる。
安心できるときに、少しずつひらく。
その切り替えを、
無意識のうちに行っています。
たとえば、
仕事中は集中しているけれど、
家に帰った瞬間に
どっと力が抜けることがあります。
あれも、
外では保っていた緊張が、
安心できる場所でほどけた反応です。
逆に言えば、
安心できていない状態では、
身体は完全にはゆるまない。
それが自然なことです。
「感じる」「感じない」というのは、
能力の差ではなく、
そのときの状態の違いです。
ここは、とても大切なポイントです。
感じにくいときに、
「もっと感じなきゃ」
「反応しないといけない」
そう思ってしまうと、
身体は逆に力を入れてしまいます。
たとえば、
リラックスしようとしているのに、
「ちゃんとできているかな」と考えてしまうと、
その瞬間に少し緊張が戻ってくる。
それと同じように、
無理に感じようとすると、
身体は守ろうとして閉じてしまうことがあります。
だからこそ、
無理に変えようとしなくていい。
まずは、
「いまはあまり反応がない状態なんだ」
と、そのまま受け取ること。
それだけで、
身体は少し安心します。
たとえば、
疲れているとき。
どんなにやさしい環境にいても、
すぐにゆるめないことがあります。
横になっていても、
どこか身体に力が残っていたり、
何もしていないのに、
頭だけが動き続けているような感覚。
それもまた、
身体がまだ緊張を手放しきれていない状態です。
あるいは、
普段から忙しく過ごしている人ほど、
“ゆるむ感覚”そのものを
少し忘れていることもあります。
ずっと動き続けていると、
止まることや、力を抜くことに
少し慣れていなくなる。
それは、
おかしいことではなく、
ただその状態に慣れているだけです。
そして、
慣れている状態は、
自分では気づきにくいものです。
たとえば、
長時間同じ姿勢でいると、
最初は違和感があったのに、
だんだんそれが普通になっていく。
身体が慣れてしまうと、
その状態が“基準”になります。
反応が少ない状態も、同じです。
ただ、
それが固定されているわけではありません。
身体は、
安心できる状態の中で、
少しずつ変わっていきます。
無理に変えなくても、
自然に。
そのために必要なのは、
「感じようとすること」ではなく、
「安心できること」です。
安心できると、
身体は少しずつ反応を取り戻していきます。
それは急にではなく、
とても静かに、ゆっくりと。
だからこそ、
焦らなくていいし、
比べなくていい。
いまの状態も、
ちゃんと意味があるものです。
そして、
その状態は、
少しずつ変わっていくこともあります。
(後編へ続きます)
