D級指導者としてアシスタントコーチになった3時間で感じたこと
今年のはじめ、D級指導者養成講習会に参加して、指導者の仲間入りをした。
その流れで、今日は県サッカー協会主催のチャレンジゲームデイの運営に、少しだけ関わらせてもらった。
やってみて思ったのは、やっぱり私はこういう現場が好きなんだな、ということ。
そして同時に、子どもとの関わり方や、サッカーの現場を取り巻く大人の空気について、いろいろ考えさせられる1日でもあった。
子どもは、声のかけ方ひとつで変わる
今日、たぶん初めての場所が少し苦手なんだろうな、という子が何人もいた。
そういう子には、なるべく早い段階で声をかけるようにした。
ただ見ているだけじゃなくて、「一緒にやってみよう」とこちらから入っていく。
そして、私自身がちょっと失敗してみせる。すると、その子がふっと笑う。
空気がゆるんで、ひとつできる。
できたらサムズアップ👍️
それだけで、表情が変わる子がいる。
コーチの声がけひとつで、子どもの顔つきが変わる。
不安そうだった子が「見てて!」と言ってくれる。
その変化を間近で見られたのが、今日いちばん楽しかったことかもしれない。
子ども相手には、少し馴れ馴れしいくらいがちょうどいい
大人同士だと、距離の詰め方はなかなか難しい。
でも、子ども相手だと、少し踏み込んで接することが距離を縮める近道になることがある。
たぶん私は、どこかで「すべての子どもは親戚の子」みたいな空気で関わっているんだと思う。
最初からちょっと近い。
でも、反応を見て、距離がありそうなら「やりたくなったら教えてね」と一歩引く。
そのまま放っておくわけではなく、チラチラ見て、目が合ったらサムズアップする。
踏み込む。
引く。
でも見守る。
この加減が、子どもにとっては安心につながるんだろうなと、今日あらためて感じた。
一方で、現場は“経験がある人向け”にもできている
ただ、楽しいだけでは終わらなかった。
こういうボランティアの現場って、ある意味“現場あるある”なのかもしれないけれど、放り投げられて、自分で気を利かせて動くしかないところがある。
こういう時はこうする。
こういう子には近くに行って声をかける。
こういう時は親を呼ぶ。
そういう判断が、ちゃんと共有されているわけではなくて、経験のある人がそれぞれの感覚でやっている。
私は、母としての経験もあるし、上の子たちのサッカーを通して見てきたものもある。
だから、なんとなく判断できる場面もあった。
でも、これが若い子だったらどうだろうと思った。
初めて来て、何をしていいかわからなくて、周りを見ながら必死に動いて、疲れ果てて終わる。
そして「自分には向いていない」「できなかった」と思ってしまったら、次につながらない。
それはすごくもったいない。
“なんとなくできていること”は、型にしたほうがいい
今日あらためて思ったのは、経験者が当たり前にやっていることを、もっと簡単に言葉にしていいんじゃないかということ。
たとえば、
初めての場所が苦手そうな子には、早めに声をかける
まずは一緒にやってみる
少し失敗して見せて、空気をゆるめる
距離がありそうなら「やりたくなったら教えてね」と一歩引く
目が合ったらサムズアップする
本当にこれくらいでいいと思う。
立派なマニュアルじゃなくてもいい。
でも、「こういう時はこうするといい」が少し見えるだけで、初めての人はずいぶん動きやすくなるはずだ。
経験がある人には自然なことでも、経験がない人には見えない。
だからこそ、言語化って大事なんだなと思う。
もうひとつ、今日すごく考えさせられたこと
今日、少しサッカーが上手な子がいて、コーチが「どこかでやってるの?」と聞いたそうだ。
その時に、その子から出てきたのが、
「スポ少は、コーチや他の保護者の子どもへの声がけが怖いから、萎縮してしまって入りたくない」
という話だった。
しかも、それはその子本人だけでなく、一緒にいたパパとママも感じていたことだったそうだ。
これ、かなり重たい話だと思った。
サッカーが嫌いなわけじゃない。
やってみたい気持ちもある。
でも、プレーの前に、大人の空気が壁になってしまっている。
しかも、そこにいる大人たちは、たぶん悪気があるわけじゃない。
「上手くなってほしい」
「ちゃんとやってほしい」
「チームなんだから」
そういう思いの中で発せられる言葉が、子どもにとっては圧になってしまうことがある。
上の子たちの時にも、私はそのへんをすごく感じてきた。
一昔前から変わらない意識の親御さんや、コーチ、監督。
まだまだいると思う。
そして厄介なのは、そこって誰かに言われないと気づけないことが多いということだ。
自分では応援しているつもり。
良かれと思っている。
だから、自分の言葉や態度が、子どもを萎縮させているかもしれない、という発想にたどり着きにくい。
でも、どこかで正論を聞かないと、気づくきっかけすらもらえない。
親に伝える時間があってもいいのかもしれない
だから思った。
今回みたいなチャレンジゲームデイの場で、ゲーム中に少しだけ親子を離す時間をつくって、保護者向けに10分でも話せる時間があったら、少し変わるのかな、と。
子どもへの声のかけ方。
萎縮させない関わり方。
「伸ばす」前に、「縮こまらせない」こと。
そういうことを、早い段階で伝えられたら、受け取り方が変わる親もいるかもしれない。
もちろん、それで全部が変わるわけではない。
でも、知らないままでいるよりはずっといい。
初めて入ったからこそ見えたこと
今日は、D級指導者としての初陣というには、ほんの少し関わっただけかもしれない。
でも、初めてこういう形で運営に携わったからこそ見えたことが、たくさんあった。
子どもが動き出す瞬間のこと。
大人の関わり方で、安心も萎縮も生まれること。
そして、現場の“できる人の感覚”を言葉にして渡していく大切さ。
楽しかった、で終わらせるのもありだけど、今日はちゃんと言葉にして残しておきたかった。
こういう小さな気づきを、少しずつでも拾っていけたらいいなと思う。
競技の裾野を広げるってことは、広げたいと思ってる側の意識も変えなくちゃいけないってこと。そして既存の昔からの考え方や意識、当たり前を、少しずつ変えていこうと動かなきゃいけないってことなのかもしれない。
