野球とボーリングとプライドと
2025/08/07
この内容は、6~7年前にFacebookに書いていた話です。
今回、書き直して、追記のうえ、アップします。
※リライトであるため、「Aくん」となっております。
関西大学ロースクールの自習室の前に広がった芝生でよくキャッチボールをしていました。
主に男子たちでしたが、私は中高ソフト部ピッチャーだったので、その中にまじって仲良くやっていました。
Aくんは、芝生の端から端まで投げられる強肩でみんなに「すげー!」って言われていました。
そんなふうにしばらく仲良くやっていたのですが、Aくんが「野球サークルをつくろう!」と言い始めたんです。
で、「私も入るー!」と手を挙げたのですがAくんから「だめだよ」と断られました。
仕方ないかなと思いました。
大学の野球部に入ろうとして断られたこともあったし、「女子が入ってケガしたらどうするの」ということだろうな、と。
Aくんは「男らしい」人なので「女性がケガしたら大変じゃないか!」って思いやってくれたのかなと感じました。
「うん、わかった」と言いました。
ところが、周りで聞いていた同級生たちが
「なんでなんで!」
「めぐみさんはずっとキャッチボール参加してたのに」
「野球がうまいのに!」
「たかがサークルなんだから入れてあげなよ」
って声をあげたんですよね。
すると、Aくん、こう言ったのです。
「あなたがホームラン打ったらどうすんの」と。
???
私もみんなもポカーンとしました。
どういう意味?
そして、こう続けました。
「相手のピッチャーはどうなる?女の人にホームラン打たれたらプライドずたずたになるよ」「だから、ダメ」
と。
そして、「じゃ」とその場を立ち去りました。
みんな、しばらくポカーンとしました。
「え?」
「男のプライド?」
「あいつ何言ってんの?」って笑う人もいました。
何を言ってるのだろう、と私も唖然としました。
(私、ホームラン打つ能力あるって思われたんだな、ということはわかりました。)
で、その件の前後の時期だったと思いますが、Aくんが幹事でボーリング大会を開催してくれました。
(彼は本当にいろんな幹事をやってくれていました)
その日の私、絶好調でした。
ソフトボールの試合で、完封できた試合って、朝から「いける」とわかるんですけど、そんな感じでした。
ストライク、外してもスペア。
周りのみんなも見にきて「いけ!」みたいな感じで、結局、2ゲームとも195くらいだったかな。
で、優勝しました。
スポーツ万能のAくんは2ゲームとも190台だったでしょうか。たぶん僅差で2位だったかと。
優勝して豪華な賞品をもらいました。
その後の飲み会の時に周りから言われました。
「めぐみさん、あかんやん笑」と。
「空気読まなあかん笑」
「Aくん、自分が優勝すると思ってたから、1位だけいい賞品を用意してたんやで」
「男のプライドずたずたやん」
そうなんや、ごめん。
Aくんは機嫌悪くて、私には、「男のプライドなんかくそくらえ」と少し意地悪な優越感が湧いてしまいました。
同時にいじけているAくんがどこかかわいそうにもなりました。
こんな話を書いて何が言いたいのだ、と思うかもしれません。
野球とボーリング自慢?もしたいのですが、それはさておき。
この二つの出来事は「男のプライド事件」と名付けていて、いろいろ思うわけですよ。
男の人、大変すぎない?と。
ホームラン打たれただけで、ボーリング負けただけで、いちいち、プライドずたずた、とか、めんどくさくないか?
Aくんが演説で言っておられます。
「家族を作るには男女が愛し合わないといけませんよ。だから ジェンダーフリーとかいらないんですよっっ!!!」
って絶叫しておられました。

声、大きいですね。
さすが、喉も鍛えておられる。
画像引用元
もう馬の交配みたいな話になってる。人間は繁殖のために生きるわけじゃない。政治には子を育てる人にとっての「障壁」をとりのぞいてほしい。
— 藤井セイラ (@cobta) July 18, 2025
参政党 神谷代表「家族をつくるには男女が愛しあわないといけないんですよ!ジェンダーフリーとかいらないんですよ!女は女らしく」pic.twitter.com/jS0Yik9t9C
あ、「ジェンダーフリー」とは、「社会の中で性別によって決めつけられた役割や期待から自由になり、個人が性別にかかわらず自分らしく生きられる社会を目指す」考え方です。
というわけで、「男女よ、愛し合うな」という意味ではないです。
ジェンダーフリーの考えが広がっても、愛し合う男女はいつの時代もたくさんいるし、そもそも少子化と1ミリも関係ありません。
その「男のプライド事件」からは、「男の人たちを男らしさとか意味不明のプレッシャーから早く解放してあげてください」と思います。
まさに決めつけられた役割や期待から自由になる、ジェンダーフリー。
別にいいじゃん、男が女にホームラン打たれても。
そして、当時、自分が変な優越感を持ったこと、今となれば恥ずかしい。自分もまた「男のプライド」をどこか面白がってしまった。反省しています。こういう面白がる態度もまた、プレッシャーなのかもしれません。
Aくんはこう続けます。
「男は男らしく!女は女らしくでいいじゃないですか!」


うん、別にそうしたい人はそうすればいい。でも、それを押し付けるのやめませんか、という話です。
男のプライドも時には役に立つかもしれません。
男らしさもそうかもしれない。
でも、そういうのを押し付けられるとしんどくなる人もいるし、傷つく人もいる。
私自身、女らしくと言われてしんどい思いをしてきたし、男らしさ女らしさの意味がピンと来ない人です。
そもそも調べたら、
男らしさ=優しさ、女らしさ=優しさ、なんていう説明もある。
同じじゃないか、とも思います。
(そういう意味で野球のエピソードにAくんのことを「男らしい」と書いてみました。優しいAくん、という意味で)
今回のAくんのスピーチに「怖い」と怯えている人たちもいました。
だってそうですよね。
今まで「男・女らしさ」でしんどい思いをしてきた人たちがたくさんいるのですから。
ジェンダーフリーいらない!と怒鳴る姿も怖いです。
これだけじゃない。
Aくんの言動によって、差別心や憎悪を煽られる人、暴力的になる人が出てきた。
国内には、深い怒りと悲しみ、怯えが生まれた。
おそろしい分断です。
今後、Aくんには、そんな感情を招いた責任を省みてほしい。
そして、深い優しさを持って、政治に取り組んでほしい。
そう願っています。
P.S.またキャッチボールできる日が来るといいですね。
