【日記】雨水
さて雨水です。「あまみず」じゃなくて「うすい」です。
二十四節気の二番目にして、存在感が薄いです。本稿も薄い内容にならないように気を付けたいです。この段落からしてその兆しが透けておりますが。
なぜ、梅雨でもないこの時期が"雨水"なのだろうと思いましたが、どうやら『降るものが雪から雨に変わる頃』なんだとか。そんな逆・山下達郎のような、竹内まりやのような日です。
もはや二十四節気恒例になりつつある、「駅」まで続く道すがらに佇む川沿いの景色、「元気を出して」観察します。
橋上に向かう緩やかな登り坂、心なしか、前回の立春よりも空気が暖かいように思います。そんなことなかったです。川沿いの雑草には引き続き霜が咲いていました。こまった。差分が無い。
いや、水面がいつもより静かです。鴨が一羽もいません。
私にはわからなかったけど、やっぱり春が来ていたんですね。季節の移ろいが感じられた瞬間でした。また来年。
鴨が日本を離れるのは4月ごろらしいです。さっき調べました。たぶんたまたま居なかっただけです。明日にはまた泳いでるやもしれません。「カムフラージュ」ですね。
約15日刻みの周りの変化を捉えるには、まだまだ私の修行は足りないようで。昔の人は大地の機微を細やかに感じ取っていたのでしょうか。
…感じ取れた人もいれば、そうじゃない人もいたんじゃないかとも思います。過去に生きてきた数えきれないほどの人たちのことを、その累積を、"昔の人"で括るのも些か乱暴じゃないか、と。
むしろ、そういった僅かな変化を見逃しがちな人のために、この星の軌跡を24で割って名前を付けたのかもしれません。
ずっと寒い日が続いているようで、実は少しずつ春めいていますよ、と。客観的な事実を傍らに置くことで、変化を手に取れる仕組みなのかもしれません。
ちなみに、前回は二十四節気に対して…
昔の人も「ずっと寒くてしんどい。もうそろそろ春が来てもええんちゃうかな。せや、今日から春にしよ。」みたいなノリで決めたのかもしれません。
…などと思っておりました。要約すると、人間のエゴかも…と捉えていたわけで。でも今回は、人の優しさかも…と捉えました。
15日経って考えが変わったようです。
大勢の人々を"昔の人"と雑に括らず一人ひとりに着目するように、この15日間を、ひいては、その中の一日一日をも大切にすると、いいことがあるかもしれません。
「毎日がスペシャル」と言うことですね。
はしさん主催の #私の二十四節気 という企画に参加しております。
季節の移ろいを感じたいという文系っぽい気持ちと、移ろいを実感するには定点観測が適切だろうという理系っぽい思考が、私の中で同居しています。ちょうど冬と春が混ざり合う、今のこの季節のようです(うまいこと言ったつもり)。
