ホロスコープ(゜∀゜)の話

来たる6月4日は、アレシュ・リーズンブルクの命日とされる日です。
Wikipediaにはそのように書いてありますが、それを示す一次史料はいまのところどこにも見つけることができません。
きっと鍵付きの、チェコの国立図書館の一般人は閲覧できない史料の中にあるのかもしれません。


なので私は占いとか、ヒプノセラピーといったスピリチュアル方面からメスを入れるんです。


で、それによりますと、大きな戦争を終わらせて戦後の復興もひと段落したとき、アレシュは自分が死んだことにして、名前を変えて田舎の町で静かに余生を過ごすことにしたのです。

なので、役所に死亡届けを出したのが1442年6月4日だったのではないか、というのが私の推測。

実際、1800年代に書かれた歴史書には、アレシュは1448年まで生きていたことが示唆されているのです。


では、この1442年6月4日にはどんな意味があるのでしょうか。


占い師のR先生によりますと、アレシュは当時「クトナーホラ」という街に赴任し、戦争で荒れた街の復興作業をしていました。
アレシュは館を構えて大勢の使用人を住まわせていましたが、その中にはアレシュの恋人の姿もありました。

恋人と言っても、もう何年も連れ添った人で、アレシュより年上の女性です。事実上の妻でしょう。
アレシュを語る歴史書に、アレシュの結婚にまつわる記述はありません。
家系図にも妻の名は無く、息子は他家からの養子である可能性もあります。

で、その事実上の妻は、その時病床にありました。
アレシュに看病されながら、アレシュの館で息を引き取ったといいます。

その死亡した日が、6月4日なのではないかと私は感じています。

人生の伴侶を失ったアレシュは、その日をもって「アレシュ・リーズンブルク」としての人生も終わったのだと感じたのです。

それほど大きな喪失感でした。
名前も地位も財産も捨てて、妻との思い出の地から去ってしまいたい、と思ったのです。


妻の葬儀と埋葬を済ませると、後のことを養子に全て任せて、自分の死亡届けを市議会に提出させたのです。
なので、記録に残るのはアレシュの命日のみで、その死因や埋葬地を示した書類は存在しないのです。


さて、ここで話題は少し変わります。
2025年の5月の終わり頃、現世の私は新たなステージの到来を予感していました。

宇宙ロケットが空になったタンクを切り離すように、今の私に不必要だと感じたものを脱ぎ捨てる時期が来たのではないか、と。

そこでまず、noteでご縁がうすくなったと感じた方のフォローをバッサリ切らせていただいたんです。


空いた余白には、新たな風が吹き込んでくる。そんな予感がしておりました。


そうしたら、本当にそうなりました。


あれよあれよとご縁が繋がり、ここ数日のうちに新たな相互フォローの関係になった方が何人か現れたのです。

皆さま、改めてよろしくお願いいたします(゜∀゜)


今回はその中のお一人、カオリアートワークスさんから教えていただいた、「ホロスコープ」についてのお話となります。


相互フォローになったご挨拶の中で、ホロスコープについてお話を伺ったのです。
すると、1400年まで遡って星図を見ることができるというサイトを紹介していただきました。

アレシュの生まれた日付けは分かりませんが、命日とされる日付けは分かっていました。先述の通り、1442年6月4日です!
それを入力し、星図の座標をチェコのクトナーホラの緯度経度に合わせて、ホロスコープを作成してみたのです。

それがこちら。


アレシュの妻子(つまこ)ちゃんのホロスコープです。

しかし!私は星図の読み方を知りません(゜∀゜)
なので、もし読める方がいらしたら、解読してほしいのであります。げっへっへ


ちなみにこちらは研究太郎のホロスコープ。カオリさんによりますと、2つを重ね合わせると見えてくるものもあるでしょう、とのこと。

見る人が見れば分かるのでしょうけれど、私には難しいざます(゜∀゜)
ハンドアップ、お手上げでございます。


なので、もしよろしければ善意のご協力をお願いいたします。
DMで教えていただいてもかまいません。

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