今日の発見(゜∀゜)
今日もせっせとボヘミアの歴史書をあさっておりました。
「ジェルノフ」の町と、「リーズンブルク城」にアレシュが関係していたという証拠となる資料をまた見つけました。

Historický vývoj Čech severovýchodních.

自動翻訳のため、翻訳精度はあまり良くないかもしれません。
でもだいたいの意味は合っているでしょう。
文中、「叔父のアレシュを仲間に加えた」とありますが、関係上から意訳しますと、「アレシュは叔父の家の一員となった」とする方が正しいと思います。
ここには、『1417年、アレシュは叔父ベネシュの家に養子として迎え入れられた。翌年の1418年に父のベネシュは亡くなったが、母のアンナは1456年まで存命した。』ということが書いてあります。
アンナとベネシュには、「子供がいなかった」とあります。
が、私の中ではアンナとベネシュの息子はアレシュです。そして、何らかの事情により親戚の家に養子に出され、リーズンブルク家には「子供はいなかった事にされた」のです。
そして時を待って、実子であるアレシュをリーズンブルク城に呼び戻し、戸籍上は「養子」とすることで親子の再会が果たされた、というストーリーです。
アレシュは2つの家に2つの両親を持っていた、ということですね。
(゜∀゜)
うっふっふ。
こういう発見があるから、歴史の研究は面白いのですよ。
それにしても、私ってすごくない?
家系図を見ただけで、「あっ!こっちの人たちが本当の両親だ」とか分かっちゃうし、その両親が「ジェルノフ」にある「リーズンブルク城」に住んでいたことも、資料で立証できるんですもの。
やっぱり、チェコ旅行の行き先は間違ってなかったざます。
ホテルリーズンブルクで感じた気配も、両親のもので間違いないと思います。
あとは、10人の姉妹についてもっと調べたいですね。
今回の資料からは、ベネシュとアンナ夫妻には「子供がいなかった」ということが分かります。
よって、アレシュのお姉さんである「レジーナ」は、アレシュが養子に出された「ブジェシュショフ家」の娘だった可能性が高くなります。
つまり、アレシュの10人の姉妹は全て血の繋がりはない、とも言えます。
占い師のR先生によると、アレシュには「子だくさんの叔母さん」がいるんですって。その叔母さんは、アレシュが小さい頃からずっとお世話していたんですって。
つーことは。
アレシュが小さい頃に養子に出されたのはその叔母さんの家で、アレシュはそこの娘たちと一緒に育てられた、ということかもしれません。
女の子の中で育ったから女の子の気持ちが分かる男に成長し、そのために女の子にモテまくる青年期を過ごした、というふうに考えると、いろいろつじつまが合いますね。
