退行催眠(1回目)

さてさて。
私の前世探究に対する熱意は日を追うごとに強くなるばかりで、チェコ語の歴史書を翻訳して得られる情報だけでは物足りなくなっておりました。

いくつかの歴史書や論文を翻訳していると、新しい発見はあるものの、最終的にはどれも似たような歴史的事象に集約されて行きます。

特に私の前世(自称)であるアレシュ・リーズンブルクについては、戦争で目立った功績がある時にしか歴史に名前が出て来ず、歴史書に名前の出て来ない数年間の空白時期があるのでした。
その空白期間についての記述は、いくつかの史料を翻訳してみましたが、未だ不明なままです。

そこで私は思いました。

「これは、受けるしかないか、退行催眠とやらを!」

退行催眠とは、催眠療法の一つとされているものです。
自分の過去の記憶を呼び覚まし、現在の悩みの元となるものが過去のトラウマであった場合、そのトラウマを癒すというのが本来の目的となります。
その過去の記憶が幼少期のものであったり、人によっては胎内の記憶だったり、生まれる前のいわゆる前世の記憶だったりすることもあるというのです。

つまり、上手くすれば退行催眠で自分の前世の記憶を見ることができる、ということです。

ちなみに私は、占いや退行催眠などの「見えないものについて語るもの」を、望遠鏡や顕微鏡などのツールだと思っています。
遠くの星を見るには望遠鏡が必要なように、過去世の記憶を見るには占いや退行催眠が役に立つ、と。
しかしツールであるがゆえに精度にもバラつきがあると考えているため、複数のツールで見たビジョンを重ね合わせ、それらに共通するものを抽出して行こうというスタンスでいます。(つまり占いや催眠の結果を100%には思わないということです)

そんなわけで、ちょっと怖い感じもありましたが、ネットで調べた近場の退行催眠師さんにコンタクトをとり、退行催眠を受けることになりました。

退行催眠は思ったより怖くはありませんでした。
(人によっては、前世で酷い目に遭ったりしたことを見せられるので、よけいにトラウマになることもあるかもしれません)

私が見た退行催眠での景色は、中世ヨーロッパの貴族らしい人物の一生でした。
 戦争が多発している時代でしたが、自身は戦争とか殺し合いがとても嫌いでした。
しかし貴族という立場のため戦いから逃げる訳にも行かず、戦場に向かうというビジョンが見えました。

怖くて仕方ないけど、司令官のような立場なので弱音は吐けません。
陣地で部下に指示を飛ばしていますが、鎧の下はガクガク震えているのです。

そうこうしているうちに、戦争の決着がついたような雰囲気になりました。
我が軍の勝利でした。しかしちっとも嬉しくないのです。
なぜなら、今回戦っている相手はかつての同胞達であり、彼らと戦わざるを得ない状況をつくってしまったことや、この戦闘を回避できなかったことを私は悔いていました。

陣営こそ勝者側にいましたが、多くの友や仲間を失ったという気持ちでいっぱいなのです。

最初の退行催眠で見えたのは、そんな景色でした。
史実と照らし合わせるなら、その戦闘は「フス戦争」を終結させるきっかけとなった「リパニの戦い」だった可能性が高いです。

これはフス派の穏健派と武闘派との最終決戦であり、派閥は違えども、何度も共に戦ってきた同胞同士の戦いだったのです。

アレシュ・リーズンブルクは勝者側の陣営にいましたが、敵側にはアレシュの友人もたくさんいました。

「戦争をまだまだ続けたい」という派閥と、「もういい加減戦争を終わらせよう」という派閥との戦いでした。
アレシュは敵側に付いたの友の命より、戦争巻き込まれてしまう、多くの国民の命を救う道を選んだのです。ですが、やはり友にも死んで欲しくなかった。


前世の景色が見れたのは良い収穫でしたが、まさか当時の自身の気持ちまで再現されるとは思いませんでした。

ですが、退行催眠を受けて良かったな、とも思います。
600年前も現在も、肉体は違えど、感受性は同じだったのを実感できたからです。

それ以来、チェコの歴史書を翻訳しているときに、「今は前世について探究しているんじゃなく、前世の続きを生きているんだ」と思うようになりました。

それは決して過去に囚われた生き方などではなく、時空と肉体を跨いで壮大な事をやり遂げようとしているんだ、という、自分に対する誇りを持てる生き方だ
と私は感じているのです。

いいなと思ったら応援しよう!