2026年8月7日詳解③:SNS被害者としての医療専門職——医療者へのデジタルハラスメントという労働衛生の空白
皆様
本記事に関心を持っていただきありがとうございます。
2026年8月7日ーSNS時代のプロフェッショナリズムとデジタル上の足跡の詳解③:SNS被害者としての医療専門職——医療者へのデジタルハラスメントという労働衛生の空白についてです。
Executive Summary
Already Known(従来の理解)
医療現場の暴力対策は、患者・家族からの身体的暴力と暴言を主対象として整備されてきました。各国の調査は言語的暴力と感情的虐待の高い頻度を報告し、対面での段階的な沈静化技法を教える教育プログラムも開発されています。日本でも、暴力・ハラスメント対策の教材や、顧客等からの著しい迷惑行為への対応指針が用意されています。一方、オンライン上の攻撃に関する研究は、思春期の生徒や大学生を対象とするものに集中してきました。医療者への攻撃は対面の問題、オンラインの攻撃は若年層の問題という二つの前提が並存し、その交点はどちらの研究領域からも扱われてきませんでした。
What's New(この知見が加えたこと)
2026年に公表されたスコーピングレビューは、この交点を初めて体系的に整理しました。12か国24研究を統合した結果、職場でのサイバーいじめの有病率は1.5%から46.6%と報告され、抑うつ、不安、燃え尽き、心的外傷後ストレス症状、そして道徳的な傷つきとの関連が示されています。7研究がパンデミック期の医療者への攻撃を扱っていました。英語と日本語の文献を対象とした検索で、日本語の研究は3件にとどまり、介入の有効性を示す証拠はほぼ存在しません。著者らは、倫理的に義務づけられた行動をとった後の攻撃が、道徳的な傷つきに接続しうると指摘しています。
So What(だから何が変わるか)
この指摘は、e-professionalism教育の前提を反転させます。学習者に規範を守らせる教育は整備されてきましたが、規範を守った学習者を守る仕組みは設計されていません。指導医が最初にすべきことは、学習者の不調の背景としてオンライン上の出来事を鑑別に入れること、そして発信を勧める際に曝露の負担が属性によって不均等であることを認識することです。日本では制度が先行して整備されつつある一方、教育側の対応が追いついていません。
1. テーマの位置づけと意義
医学教育におけるオンライン上のふるまいの指導は、一貫して学習者を加害の側から見てきました。不適切な投稿をしないこと、患者情報を漏らさないこと、専門職としての体面を保つこと。これらはすべて、学習者が他者に害を与える可能性を前提とした設計です。
2026年に公表されたスコーピングレビューは、この設計の裏面に光を当てました(1)。医療従事者が受ける側に立つとき、何が起きているのかを12か国24研究から整理した結果、有病率の幅こそ大きいものの、精神健康への影響が一貫して報告されていました。加えて、倫理的に正しい行動をとった直後に攻撃を受けるという構造が、道徳的な傷つきに接続する可能性が指摘されています。
この論点が重要なのは、教育プログラムの責任範囲に関わるからです。学習者に「発信せよ」と勧めるプログラムも、「慎重であれ」と教えるプログラムも、攻撃を受けた学習者への対応を組み込んでいません。労働安全衛生の枠組みが物理的な事業場を単位に構築されてきたことと相まって、この空白は誰の担当領域にも属さないまま残されています。本稿は、この盲点がなぜ生じたかを分析し、日常の教育場面でどう顕在化するかを検討します。
2. 論文の深掘り分析
2-1. 従来の標準的理解
医療現場の暴力に関する研究は、身体的暴力と暴言を中心に蓄積されてきました。ケニアの医療従事者1,458名を対象とした多国間研究の下位解析では、約半数(49.9%)が暴力を経験しており、言語的暴力が80.6%、感情的虐待が78.6%を占めていました(2)。加害者として最も多いのは患者またはその家族(44.7%)で、上司が12.5%でした。報告されたのは全事案の41.2%にとどまります。
注目すべきは、この調査でオンライン上のハラスメントの経験が3.5%と報告されている点です。主な場所はFacebookで(63.2%)、内容の92.1%がヘイトスピーチでした。この数字は、オンラインの攻撃が例外的な事象であるという印象を与えます。ただし、質問項目が施設内の出来事を想定して構成されている限り、施設外で起きる攻撃は捕捉されにくくなります。
インドの研修医・実習生273名を対象とした調査は、より広い範囲を扱いました(3)。47.6%が職場での暴力またはハラスメントを経験しており、言語的虐待が62.3%、身体的暴力が21.1%、性的ハラスメントが13.7%でした。同時に、制度面の脆弱さが浮き彫りになっています。法的保護を認識していたのは39.2%、適切な報告手順を知っていたのは54.2%でした。標準的な業務手順を整備していた施設は38.8%、継続的な安全研修を実施していたのは21.2%です。50.9%が院内で安全でないと感じ、76.6%が安全に関連する不安を経験し、62.6%がキャリアへの影響を報告しました。実習生の方が専攻医よりもすべての指標で高いリスクを示しています。
教育の側では、対面での攻撃に対応する技法が開発されてきました。米国の医学部で4年生44名を対象に実施された段階的な沈静化のカリキュラムでは、6つの技法を教える対話型講義と模擬患者実習を組み合わせ、自信の自己評価が5点満点で2.79から4.11へ上昇しました(p≤0.001)(4)。ただし、客観的臨床能力試験では受講群と非受講群の間に技能の差は検出されていません。自信は上がるが行動は変わらないという結果は、この領域の教育設計の難しさを示しています。
救急領域では、職場暴力を運用上の煩わしさから系統レベルの優先課題へ位置づけ直す提案が出されています(5)。過少報告、文化的な常態化、教育と訓練の不足、断片的で不十分な施設対応が課題として整理され、臨床医の語りからは、支援・保護の不足と施設からの裏切りの感覚が繰り返し語られました。著者らは、心理的安全性、明確な報告経路、施設の説明責任、予防を階層化した枠組みを提案しています。
日本でも制度的な基盤は整備されつつあります。厚生労働省は医療現場および訪問看護における暴力・ハラスメント対策の教材を作成し、職員と管理者双方の視点から基本的な考え方を学べる構成としています(6)。顧客等からの著しい迷惑行為に関する企業向けの対策マニュアルも公表され、医療機関はこれを基礎に自施設向けの手順を整備することが推奨されてきました(7)。いずれも対面での接触を主たる想定としています。
一方、オンライン上の攻撃に関する研究は、まったく別の集団に集中してきました。エジプトの中等学校生徒500名を対象とした調査では、高度の被害が27.4%、高度の加害が32.0%と報告され、重度から極度の不安が72.2%、抑うつが52.6%に達しています(8)。トルコの10〜13歳303名を対象とした研究では、加害23.8%、被害35.3%、傍観51.2%という分布が示され、共感の低さが関与の予測因子でした(9)。中国の大学生1,467名を対象とした研究は、オンラインでの被害が自傷行為に至る経路を、感情調節の困難と社会的排除を経由する連鎖として示しました(10)。
この二つの研究群を並べると、構図が見えてきます。医療者の被害を扱う研究は対面の出来事を測り、オンラインの被害を扱う研究は若年層を測ってきました。医療者がオンラインで攻撃を受けるという事象は、どちらの枠組みにも収まらないまま残されてきたのです。
分断の理由は、測定手段の系譜にも求められます。医療現場の暴力を測る調査票は、労働安全衛生の枠組みから発展し、事業場内の出来事を項目として構成してきました。オンライン上の攻撃を測る尺度は、学校教育と発達心理学の枠組みから発展し、加害・被害・傍観という三役割の分類を基本としています。前者は「誰が加害者か」を職種と関係性で問い、後者は「どの役割にいるか」を問います。医療者が不特定多数から攻撃を受ける状況は、加害者を特定できず、役割の分類も成立しないため、どちらの調査票でも取りこぼされます。
教育の側の系譜も同様です。段階的な沈静化の教育は、目の前にいる相手との相互作用を扱う技法として設計されています(4)。相手が匿名で、時間差があり、多数である状況には適用できません。e-professionalism教育は、学習者自身の発信を管理する技法を扱いますが、他者からの攻撃への対処は範囲外です。二つの教育系譜の間に、対処すべき対象が存在するにもかかわらず、それを扱う教育がありません。
2-2. この知見が付け加えたこと
2026年のスコーピングレビューは、この空隙を埋めることを目的として設計されました(1)。PRISMA-ScRの手順に従い、MEDLINE、Google Scholar、および日本語文献のデータベースを2025年12月まで検索し、12か国24研究を選定しています。日本語文献を検索対象に含めた点は、後述する日本の状況の評価に関わります。
結果として、職場でのサイバーいじめの有病率は1.5%から46.6%と報告されました。この30倍の幅は、対象集団と定義の不統一を反映しています。研究間で一貫していたのは、抑うつ、不安、燃え尽き、心的外傷後ストレス症状、そして道徳的な傷つきに関連する経験との関連が示されている点です。24研究のうち7研究(28%)がパンデミック期の医療従事者への攻撃や汚名を扱っていました。日本語文献は3件にとどまり、介入の有効性に関する証拠はほぼ存在しません。著者らは、コンサルテーション・リエゾン精神医学の観点から、倫理的に義務づけられた行動の後に生じる攻撃が道徳的な傷つきに関連しうると述べ、施設としての支援に注意を向ける必要を指摘しています。
個々の研究も、この関連を裏づけています。イランの看護師335名を対象とした横断研究では、サイバーいじめの頻度そのものは低いものの、共感疲労、燃え尽き、二次的外傷性ストレスと有意な正の相関を示し、回帰分析では専門職としての生活の質の3次元すべてにおいて有意な予測因子となりました(11)。頻度が低いことと影響が小さいことは別であるという点が重要です。
曝露の経路を特定した研究として、米国の学術医学領域の調査があります(12)。国立衛生研究所のキャリア開発賞を受けた830名から回答を得た調査(回答率64%)では、女性は全体的な風土を男性より低く評価し(5点満点で3.68対3.96、P<.001)、性別に基づくハラスメントの経験も女性で高い水準でした(71.9%対44.9%、P<.001)。特筆すべきは、専門職としてソーシャルメディアを使用する際に性的ハラスメントを経験したと報告した割合が、性的少数者では13.3%であるのに対し、シスジェンダーの異性愛者では2.5%だった点です(P=.01)。風土、ハラスメント、オンライン上の無礼の3側面はいずれも精神健康と有意に関連していました。職業上の発信そのものが曝露経路であり、その負担は属性によって著しく不均等です。
攻撃がアイデンティティ形成に及ぼす影響を扱った研究もあります。中国9省の看護実習生313名を対象とした潜在プロファイル分析では、専門職アイデンティティが3群に分かれました(アイデンティティ欠如10.3%、中等度47.2%、高アイデンティティ・低自律42.5%)(13)。感情的虐待は所属プロファイルの有意な予測因子であり、心理的資本が職場暴力と専門職アイデンティティの間を媒介し、その効果は総効果の63.10%を占めました。攻撃は不快な出来事であるだけでなく、専門職としての自己の形成そのものを変える可能性があります。
道徳的な傷つきの側からの証拠も揃いつつあります。中国の医師549名を対象とした調査では、道徳的な傷つきの有病率は31.6%でした(14)。多変量解析で同定された5つの予測因子は、道徳的に傷つきうる出来事への曝露、職務満足、組織的支援の欠如、患者の苦痛や死の目撃、精神保健上のニーズです。組織的支援の欠如が独立した予測因子として挙がっている点は、後述する対策の設計に直結します。
さらに、どの種類の曝露が最も有害かについても手がかりがあります。オランダの退役軍人471名を10年後に追跡した潜在クラス分析では、裏切り・作為・不作為への高曝露群(13.6%)が、心的外傷後ストレス症状、抑うつ、対人過敏、罪責感、抑制された怒りのいずれにおいても最も悪い転帰を示しました(15)。ガザの医療従事者140名を対象とした調査でも、出来事の得点が最も高かったのは不道徳な行為の目撃と指導部による裏切りであり、転帰では信頼の侵害に関する下位尺度(30点満点で18.08)が恥に関する下位尺度(10点満点で4.38)を大きく上回りました(16)。すなわち、道徳的な傷つきの主成分は自責や恥ではなく、信頼の侵害です。規範を守った学習者が攻撃され、施設が対応しないという状況は、まさにこの構造に該当します。
2-3. 批判的吟味:研究デザインと解釈の妥当性
このレビュー自体の限界を確認します(1)。24研究という規模は小さく、大半が横断研究です。著者らも、方法論的な異質性が高く、因果関係は確立できないと明記しています。有病率が1.5%から46.6%という30倍の幅を示すことは、この構成概念が研究間で共通に測られていないことの直接的な証拠です。
より本質的な問題は、「デジタルハラスメント」という括りの粗さにあります。同僚間の職場サイバーいじめ、患者・家族からの攻撃、不特定多数からの攻撃は、発生機序も、対処の主体も、法的な位置づけも異なります。同僚間の問題は職場の労務管理で扱えますが、不特定多数からの攻撃は施設の管理権限の外にあります。24研究がこれらを混在させている以上、統合された有病率は臨床的にも政策的にも解釈が困難です。
選択バイアスも無視できません。調査に回答できるのは在職中の職員であり、攻撃を理由に離職した者は含まれません。ケニアの調査で報告率が41.2%にとどまること(2)、インドの調査で報告手順の認知が54.2%であること(3)を踏まえれば、自己報告に基づく有病率は下方に偏る可能性が高くなります。
日本語文献が3件という数字の解釈にも注意が必要です。このレビューは日本語のデータベースを検索対象に含めています(1)。したがってこの数字は、検索の不備ではなく研究の不在を示します。ただし、研究の不在は現象の不在を意味しません。国内で医療者への誹謗中傷が問題化していることは、制度面の動きから逆に確認できます。
制度は実際に動いています。情報流通プラットフォーム対処法は2024年5月17日に公布され、2025年4月1日に施行されました(17)。大規模なプラットフォーム事業者に対し、削除申出への一定期間内の対応と、削除基準の策定・公表を義務づける枠組みです。2025年4月時点でGoogle、LINEヤフー、Meta、TikTok、Xの5社が指定を受け、同年5月に4社が追加指定されました。誹謗中傷への対応が事業者の義務として明文化された点は、被害者側の負担を減らす方向の変化です。
労働法の側でも変化があります。改正労働施策総合推進法は2025年6月11日に公布され、2026年10月1日に施行されます(18)。顧客等からの著しい迷惑行為について、事業主に4つの措置義務(方針の明確化と周知、相談体制の整備、事後の適切な対応、プライバシー保護と不利益取扱いの禁止)が課されます。2026年2月26日には具体的な指針が公布されました。医療機関の施設利用者およびその家族は顧客等の定義に含まれます。
ただし、この二つの制度には教育上の重要な限界があります。措置義務の対象は「その雇用する労働者」であり、医学生・実習生は雇用関係にありません。実習生の方が専攻医よりリスクが高いという知見(3)を踏まえると、最も脆弱な集団が制度の外に置かれる構造になります。
さらに、制度が想定する加害者の範囲にも隙間があります。顧客等からの迷惑行為に関する枠組みは、施設の利用者とその家族を対象としています。しかし、専門職としての発信に対する攻撃の多くは、その医療者の患者ではない不特定多数から来ます。学術的な発信への攻撃(12)は、顧客等からの迷惑行為にも同僚間のハラスメントにも該当しません。プラットフォーム事業者への義務づけ(17)は削除を早める効果を持ちますが、被害を受けた個人の回復や、施設としての支援を規定するものではありません。
制度と教育の間の時差も見ておく必要があります。制度は2025年から2026年にかけて相次いで動きました。一方、教育の側では、この事象を扱う正規のカリキュラムはほとんど存在しません。制度が先行し、教育が追随していない状況では、権利は存在するが行使の仕方を知らないという状態が生じます。インドの調査で法的保護の認知が39.2%にとどまった構図(3)が、別の国と別の制度で再現されうるということです。次節では、この空白がなぜ生じたのかを分析します。
3. 教育的思考の深化と再構築
3-1. 盲点の発生機序
なぜこの論点が教育者の注意から外れてきたのでしょうか。3つの要因が考えられます。
第一に、認知的要因です。身体的暴力は目に見え、記録が残り、警備部門が対応します。オンラインの攻撃は本人の端末の中で起き、他者の目に触れません。想起のしやすさが判断に影響する以上、対策の優先順位が対面の事象に偏るのは自然です。ケニアの調査でオンライン被害が3.5%と低く出ること(2)も、この偏りを強化します。
第二に、制度的要因です。労働安全衛生の枠組みは、事業場という物理的空間を単位として構築されてきました。勤務時間外に自宅で受けた攻撃について、業務起因性をどう判断するかは容易ではありません。日本の措置義務化(18)も対象を雇用労働者に限っており、実習生は外れます。
第三に、教育的要因です。研修で扱われないため、当事者も指導者も語彙を持ちません。段階的な沈静化の教育は存在しますが、対面での攻撃を前提としています(4)。e-professionalism教育に至っては、学習者を一貫して加害の側から見ており、被害の側から見る枠組みそのものが存在しません。
寄与度が最も高いのはどれでしょうか。認知的要因と制度的要因は、いずれも「対応が難しい」という性質の障壁です。難しいと認識されている問題は、少なくとも問題として認識されています。これに対し、教育的要因は「そもそも問題として立ち上がらない」という性質を持ちます。学習者がオンラインで攻撃を受けたとき、それを報告すべき事案だと認識する語彙も経路も与えられていなければ、事案は発生しないことになります。インドの調査で法的保護の認知が39.2%にとどまる(3)のは、教えていないからです。したがって、最も寄与度が高いのは教育的要因であり、しかもそれは他の二要因の前提条件になっています。可視化されない問題に、制度は対応できません。
もう一つ付け加えるべき機序があります。e-professionalism教育が加害者予防に一元化されていることは、被害を訴える学習者に不利に働きます。「不適切な投稿をしたから攻撃された」という因果の物語が、教育の枠組みからそのまま供給されてしまうためです。この構造は、被害の申告を抑制する方向に作用します。
3-2. 顕在化する場面の具体化
日常の教育場面で、この盲点はどのように現れるでしょうか。4つの場面を挙げます。
第一に、学術的な発信が個人攻撃に転じる場面です。専攻医が学会発表の内容を要約して投稿したところ、内容への批判が人格への攻撃に変わっていく。通常の判断は「公開の場で発信した以上、批判は受け入れるべき」というものです。見落としているのは、職業上の発信そのものが曝露経路であり、その負担が属性によって不均等である点です(12)。性的少数者の学習者では、専門職としての発信に伴うハラスメントの経験率が5倍以上でした。「発信は自由」という中立的な助言が、実質的には不均等な負担を課す助言になっています。
第二に、患者・家族が診療内容を実名で投稿する場面です。通常の判断は「事実誤認があれば広報部門が対応する」というものです。見落としているのは、攻撃の対象が施設ではなく個人であり、対応の主体と被害の主体がずれている点です。施設の名誉が回復されても、名指しされた研修医の状況は変わりません。
第三に、実習生が指導上の問題をオンラインに書き、逆に集中攻撃を受ける場面です。通常の判断は「不適切な投稿をした学生の問題」として処理することです。見落としているのは、倫理的に正しいと本人が信じた行動の後に攻撃が生じるという構造(1)、および裏切り型の曝露が最も重い転帰と関連するという知見(15,16)です。ここで施設が学生の側に立たなければ、道徳的な傷つきの主成分である信頼の侵害が、施設自身によって上乗せされます。
第四に、研修医の様子が変わる場面です。夜間に匿名の攻撃を受け続けているが、本人は誰にも言っていない。通常の判断は「私生活の問題」または「適性の問題」です。見落としているのは、感情的な虐待が専門職アイデンティティの形成の型そのものを変えうるという知見(13)です。心理的資本を経由する媒介効果が総効果の63.10%を占めるという結果は、アイデンティティ形成の失敗として観察される現象の背後に、心理的資源の枯渇があることを示唆します。
第五に、指導医自身が攻撃を受ける場面です。診療方針や公衆衛生上の見解を発信したことで、継続的な攻撃を受ける。通常の判断は「立場のある者は批判に耐えるべき」というものです。見落としているのは、指導医の状態が学習環境全体に波及する点と、組織的支援の欠如が道徳的な傷つきの独立した予測因子であるという知見(14)です。攻撃を受けた指導医が施設から支援を得られなければ、その経験は「この組織では守られない」という学習として、指導を受ける側にも伝達されます。
5つの場面に共通するのは、発信を個人の選択とみなし、その帰結も個人が引き受けるべきとする前提です。この前提が成り立つのは、発信が純粋に私的な行為である場合に限られます。学術的な発信も、実習中の経験の共有も、公衆衛生上の見解の表明も、職務と地続きです。職務に由来する曝露を私的な問題として処理することは、労働衛生の観点からは説明のつかない処理です。
3-3. 認知的対策の提案
対策として提案できるのは、確認項目の列挙ではなく、推論のどの段階で立ち止まるかという指針です。3点あります。
第一の立ち止まりは、学習者の不調を評価する段階です。抑うつ、不安、燃え尽きの背景を院内に探す前に、院外・オンラインの出来事を一度想定します。関連が一貫して報告されている以上(1,11)、鑑別に含める費用は小さく、見落とした場合の損失は大きくなります。
第二の立ち止まりは、学習者に発信を勧める段階です。曝露のリスクが属性によって大きく異なる以上(12)、一律の推奨は不均等な負担の配分になります。勧める場合には、想定される曝露と、その際の相談経路を同時に提示します。
第三の立ち止まりは、学習者の投稿が問題化した段階です。「何が不適切だったか」を問う前に「何が起きたか」を聞きます。加害と被害の判定を急がないという原則は、単なる配慮ではなく、信頼の侵害を上乗せしないための実務的な要請です。
制度的な受け皿としては、医療事故後の職員支援の枠組みが参考になります。欧州で開発された第二の被害者支援の認証枠組みは、20か国の専門家が策定に参加し、支援介入に関する30基準と支援者研修に関する11基準を、初級と上級の2水準に分けて定めています(19)。6か国9施設での試行により、実行可能性と監査の運用可能性が確認されました。医療事故後の支援と同じ構造で、デジタルハラスメント後の支援を設計することは十分に可能です。既存の枠組みを転用できるという点は、新規に制度を作るより現実的です。
測定の面でも進展があります。前線の看護師99名を対象とした前向きコホート研究では、道徳的な傷つきの短縮尺度と主観的苦痛の尺度が、12週後の実生活でのストレスと相関しました(相関係数0.57〜0.61、いずれもP<.01)(20)。短時間で測れる指標が12週先の状態と関連するのであれば、研修プログラムの定期面談に組み込む余地があります。
施設単位の指針としては、国内でも患者・家族からの迷惑行為に対する対策指針を策定・公表する例が出ています(21)。オンライン上の攻撃を明示的に含めるかどうかが、今後の分岐点になります。救急領域で提案された階層的な枠組み(5)は、心理的安全性、明確な報告経路、施設の説明責任、予防という順序で構成されており、オンラインの事案にもそのまま適用できます。順序が重要である点も共通します。報告経路を先に整備しても、心理的安全性が確保されていなければ報告は増えません。ケニアの調査で報告率が41.2%にとどまった事実(2)は、経路の不在ではなく、報告の帰結への懸念を反映している可能性があります。
これらの対策が現実の診療の流れに組み込めるかどうかも検討が必要です。第一と第三の立ち止まりは、既存の面談や振り返りの場に追加の時間を要しません。問いの順序を変えるだけだからです。第二の立ち止まりは、発信を勧める場面が限られているため、負担は小さくなります。制度的な受け皿の整備には資源が要りますが、第二の被害者支援の仕組みを持つ施設であれば、対象事象を拡張するだけで済みます。新たな仕組みを立ち上げるより、既存の仕組みの適用範囲を広げる方が、実装の障壁は低くなります。
最後に、教育内容としての位置づけです。この論点は、独立した講義として設けるより、既存の職場暴力対策教育に一章を加える形が現実的です(5)。対面での対処技法を教える場で、匿名かつ時間差のある攻撃をどう扱うかを併せて提示すれば、二つの教育系譜の間の空白は埋まります。
4. 今後の展望:何がわかれば決着するか
この論点を前進させるために必要な条件は、5つに整理できます。
第一に、構成概念の分離です。同僚間のサイバーいじめ、患者・家族からの攻撃、不特定多数からの攻撃を、別個の現象として測る必要があります。有病率が30倍の幅を持つ現状では、対策の優先順位を決められません。
第二に、縦断的なデザインです。攻撃への曝露が精神健康と専門職アイデンティティに及ぼす影響を、時間的な前後関係とともに記述する研究が求められます。
第三に、介入研究です。現在、有効性が確認された介入は事実上存在しません。第二の被害者支援の枠組みを転用した介入の効果検証が、最も現実的な出発点になります。
第四に、日本語圏でのデータ生成です。制度が動いている一方で研究が3件という状況は、政策評価の基盤を欠いています。
第五に、学生・実習生の位置づけの整理です。措置義務の対象外でありながら最も高いリスクを負うという構造は、教育機関が独自に責任を引き受けるか、制度の側で対象を拡張するかの選択を迫ります。当面は、教育機関が自主的に相談経路を明示することが現実的な対応です。
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終わりに
最後までお読みいただき、ありがとうございました。本記事が少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。今後とも良い記事を配信していけるよう努めて参りますので、どうぞよろしくお願い致します。
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