ひといき投稿|“考えすぎる自分”が、仕事でも経営でも役立っている件
こんにちは。
いつもは医療や経営にまつわる少し堅めな話を書いているのですが、
今日は少しだけ、自分のことをゆるっと書いてみようと思います。
誰かにとって共通する部分があればうれしいですし、
「そんなふうに考える人もいるんだな」と感じてもらえたら、それだけでも嬉しいです。
「もっと気楽に考えたらいいのに」と言われ続けてきた
ちょっとした言葉の行間が気になったり、
相手の表情から裏の気持ちを読み取ろうとしたり、
ひとつの判断に時間をかけすぎたり。
私は昔から、“考えすぎる人”でした。
そのたびに、「自分、めんどくさいな」と思ったこともあります。
もう少し鈍感だったら、生きやすかったのかもしれないなって。
でも最近、この“考えすぎる自分”が
仕事でも、経営でも、意外と役に立っているのかもしれない——
そんなふうに感じることが増えてきました。
診療の場面で
患者さんの口調や、言葉の間合い。
スタッフの表情や、ちょっとした空気の変化。
「なんとなく違和感があるな」と思うことって、
後から「あのときのあれがサインだった」と気づくことが多いんです。
たとえば、
「また来ますね」と言った患者さんの声が、どこか弱々しかったとき。
その場で声をかけてみたら、実は不安や迷いがあった、ということも。
気にしすぎるからこそ、気づける。
“感じすぎる自分”が、患者さんに寄り添う力になってくれる瞬間があります。
経営の場面で
クリニックの経営では、「数字」と「人」の両方が存在します。
どちらかだけでは、バランスを崩してしまう。
売上が伸びていても、
スタッフが疲れていたり、患者さんが離れていたら意味がない。
私は、新しい制度や取り組みを始めるとき、つい想像してしまいます。
「これ、◯◯さんはどう感じるかな?」
「スタッフにとって、無理のない範囲だろうか?」
「患者さんにとって本当にわかりやすい導線になってるだろうか?」
面倒なくらい考えてしまう自分が、
結果的に“摩擦の少ない選択”をするためのフィルターになっている気がします。
「変える」のではなく「活かす」
昔は、「この性格、なんとかしないと」と思っていました。
でも今は、“変える”よりも“活かす”方向に少しずつ舵を切っています。
決断に時間がかかる → 期限を決めて背中を押す
感じすぎてしまう → 共感力として使う
悪い予感が働く → リスク予測に役立てる
こんなふうに、自分の“めんどくささ”を武器に変える感覚を、少しずつ育てているところです。
最後に
「考えすぎる人」は、仕事にも経営にも向いていない——
昔は本気でそう思っていました。
でも今は、「考えすぎる人」だから築けた関係も、
防げたトラブルもあったような気がしています。
もしあなたにも、
「自分のこの性格、正直ちょっと面倒だな」と思うところがあるなら、
その“めんどくささ”が、誰かの役に立つ日が来るかもしれません。
そんな小さな希望を持ちながら、今日も仕事をしています。
