市川沙央 著 『ハンチバック』を読了。|小説の部屋の中を想像する。
第169回(2023年上期)芥川賞受賞作、市川沙央さんの『ハンチバック』を読み終えました。
芥川賞を受賞されたときから、ずっと気になっていたのですが、これまでなかなか手に取る機会がありませんでした。
そんな中、先日読んだ文芸誌『GOAT』の創刊号に掲載されていた『音の心中』と、第2号に掲載せれていた『悪のロール』が、とても面白かったので、今回、たまらずに手に取ったのです。
他人の部屋を見たいという欲求
私は、他人のプライベートな部屋を見るのが好きなのです。
といっても、実際にお邪魔して見た経験はそんなに多くありません。
もちろん、勝手に覗くというような犯罪は犯していません。
もっぱら、YouTubeのルームツアーやデスクツアーなんかの動画を見て楽しんでいます。
小説の中にも、登場人物の部屋の様子を描写する場面が多くあります。
『ハンチバック』の井沢釈華の部屋
十畳ほどの部屋と、キッチン・トイレ・バスルームが私の足で行ったり来たりするスペースのすべて、……
西向きの掃き出し窓から晴れた日は富士山の頂がかすかに見えるけど、西は右にあるから首が回らない。
主人公・井沢釈華が暮らしているグループホームの部屋の様子を説明しています。
小説では、全ての情報を書くことはできません。
文章として書かれていない部分は、読み手が想像するしかないのです。
しかし、書かれていない部分を想像するのが、読書の楽しみのひとつでもあります。
『蹴りたい背中』の「にな川」の部屋
サイコロの中みたいに正方形で、大きな窓があるのに薄暗い。一番先に目についたのが部屋の隅にある学習机で、私が小学校入学の際にランドセルと一緒に買ってもらったのと同じ、正面にアニメのポスターを飾るスペースのあるタイプだ。その学習机だけが妙に幼くて、他の黄ばんだ襖の押し入れや古い型の小さな冷蔵庫、上にこけしやガラスケースに入った日本人形が置いてある背の低い漆塗りの箪笥となじんでいなかった。
先日読んだ、綿矢りささんの『蹴りたい背中』で、主人公の「ハツ」が不思議なクラスメイト「にな川」の部屋に初めて入ったときのシーンです。
動画や写真がなくても、大体どんな部屋なのか、映像が浮かんできます。
『ハンチバック』の釈華の部屋とはまったく違う雰囲気の空間が想像できます。
それでも、読む人によって、描かれる映像は微妙に違うのでしょう。
いや、もしかすると大きく違うのかもしれません。
小説を読むということ
小説を読むという行為は、単なる文字情報を認識することではなく、文字に書かれていない部分を想像することも含まれるのだと思います。
特に、芥川賞を受賞するような純文学は、読み手の心をハックしてしまうのです。
セリフが多いエンタメ系の小説もテンポが良くて読みやすく、その世界に知らない間に引き込まれていきます。
それに比べ、空白の多い純文学の場合は、読み手の方に主導権を委ねられているような気がします。
どちらが優れているという訳ではなく、どちらもそのときの気分によって楽しんでいきたいと思っています。
