よかったら一緒に歩きませんか?
その時僕は、町の自治会館に向かって歩いていた。
会館の少し手前で道路工事が始まっているのが見える。
旗を持って立っていたヘルメット姿の男性が声を発した。
「お久しぶりです!」
知らない顔だったので怪訝に思いながらも、無視するわけにもいかないので、一応挨拶を返した。
あとで考えてみると、あちこちの工事現場の旗振りさんに、よくこちらから声をかけていたのだ。
「お疲れ様です。暑い中大変ですねぇ」
とか、
「寒い中、立ってると体が冷えるでしょう? 作業してる人たちのほうが、かえって体が温まっていいですよね」
「そうなんですよ~」
そんなやりとりが何度かあった。
こちらにとっては、何の気なしの行動であり、一人一人の顔をしっかりと見ているわけではない。
だが、そんなことを繰り返しているうちに、どうやら同じ人に何度か会っていたようだ。
そうでなくても、どちらかというと覚えられやすいほうではある。
それには分かりやすい理由がある。
意図的に目立つようなファッションを選んでいるのだ。
マジシャンとして活動して行くうえで、自分自身が広告塔として機能するようにと考えてのことだ。そうして覚えられたことが、そのまま仕事に繋がったこともある。
良くも悪くも、とにかく目立つ。
様々な形で好奇の目を向けられることに、今ではすっかり慣れっこになっている。
いくつか例をあげてみよう。
あれは、鹿児島市街地の高見馬場付近を歩いている時だった。コロ付きトランクを引きずった、旅行中とおぼしき高齢女性から声をかけられた。
「素敵なファッションですね。鹿児島には個性的な方がいらっしゃるのね」
「ありがとうございます」
笑顔で返すと、
「私もこっちへ行きますから、お話しましょう」
交差点の角までのちょっとの間、並んで歩きながらお話したが、終始にこやかな品の良い方だった。
駐輪場からバイクを出そうとしていると、背後から若い男性の声が聞こえた。
「ロック好きなんですか?」
誰に向かって発せられたものであるかは分からない。言葉は繰り返され、次第に近づいてくる。
振り向くと、視線はこちらに向けられていた。
ロック好きだったのは、遥か昔のことだが、今でも決して嫌いではない。肯定的な返事をすると、その男性は、
「長い髪とファッションを見て、絶対そうだと思ったんです」
そう言って笑顔を浮かべている。
そして、七十年代のロックが好きだと言い、熱弁を振るい出した。
こういう好ましいことばかりだと良いのだが、中にはこっちが呆れてしまうほど礼儀を欠いた人もいる。
鹿児島市永吉にあるアリーナそばの直線道路を歩いている時だった。
前方から歩いて来た四十代らしき男性が、擦れ違いざまに立ち止まった。
「おい! よく会うよね。会社はどこ?」
いきなり「おい」である。
しかも、もっそりとした不気味なほどに無表情な顔。こちらを一方的に会社員だと決めつけ、タメ口で個人情報を探ってくる。
これにはかなりむっとした。
非常識にもほどがある。
「いや、私はあなたを見た覚えはない」
わざとそっけなく返答して、すぐにその場を後にした。
三号線沿いの玉江橋東交差点で信号待ちをしていた時のこと。
七十代半ばと思われる男性が、杖を突いて歩いて行く。白髪交じりの長髪で、着流しのラフな和装姿。
通り過ぎようとしたその時、こちらを振り向いてこう言った。
「ワイは、日本人か?」
いきなりである。
不愉快だったが、表面には出さず、ただ空気を見るように、その男の顔を見続けた。
すると、それ以上は何も言わず、前を向き直り、そのまま過ぎ去って行った。
日本人だと分かっていての要らぬちょっかいだ。
たまに、本当に外国人と間違われて一声かけられることもある。
ランドセルを背負って下校中の小学生の小集団の中の一人。
「ハロー! エクスキューズ・ミー」
「日本人だよ」
周囲から、笑いが起こった。
この時は、相手が子どもだったので、まだ可愛げがあるが、それがいい大人だとちょっと頂けない。
甲突川の河畔歩道を歩いていた時だった。背後から近づいてきた若い男性。
「ヘイ!」
いきなりそう言われて怪訝に思ったが、そのフランクな態度から、もしかすると向こうはこちらを知っているのかも知れない。
そう思って顔をよく見てみるのだが、どこで会ったのか一向に思い出せない。
「誰?」
そう問いかけてみると、
「なんだ日本人か…、外国人かと思った」
素っ気なくそう言い残して、呆れる私を顧みもせず、ずぼらなガニ股でさっさと歩き去った。
― 何じゃこいつ? ―
と思ったが、黙ってやり過ごした。
知性の感じられない顔付き、手入れされていない茶髪、部屋着のようなルーズなファッション…、自分との接点が、まるで感じられない。
こんな具合に、様々なパターンを体験したが、本日、またちょっと珍しいケースに遭遇した。
近所のスーパーで買い物を済ませ、我が家を目指して歩いていると、小柄な女性の後ろ姿が目に入った。
なぜか、その姿に興味が引かれた。
体格的には子どもなのだが、ミディアムヘアで地味な色彩のジャージを着ており、仕草は大人っぽい。違和感というほどではない独特の個性が感じられる。
大人なのか子どもなのか…。
ぼんやりと、そんなことを考えながら歩いていた。
するとその人物、何かを思い出したかのように携帯電話を取り出し、通話を始めた。仕事上の連絡を取り合っている雰囲気だ。
― 大人だったんだな ―
かすかな疑問は消え、そのまま追い越した。
その直後のことだった。
「こんにちは」
背後から、高く澄んだ声が聞こえた。
振り返ると、声の主は小学生の女の子だ。
おとな判定は、みごとにはずれだった。
挨拶を返すと、さらに言葉が続いた。
「よかったら、途中まで一緒に歩きませんか?」
なんだか面白い子だ。
「そうしましょうか」
「髪の毛染めてるんですか?」
「染めてまーす」
「何歳ですか?」
「六十九歳。けっこうおじいさんでしょ?」
「はい」
― 子どもは正直である ―
「小学生だよね? 何年生?」
「今は五年生で、四月になったら六年生になります」
努めて丁寧に説明しているのが分かる。
その後、しばらくこんな何気ない言葉のやりとりが続いた。
「この先、向こうですか? こっちですか?」
「僕は、向こうへ行くよ」
「私はこっちなので、ここでお別れです」
「ありがとう!」
終始、きちんとした敬語を使い続け、表情も生真面目なままだった。
社会体験でもするつもりで、見知らぬ大人との会話にチャレンジしたのかも知れない。
ほっこりしながらも、どこか不思議な印象が残った。
