シリーズ「一年一組」⑦*六年目の同級生
小学校一年生のとき、長期欠席をした男の子がいた。休んだ理由は、腕の骨折だった。右腕だったか左腕だったかまでは覚えていないが、ギプスを包帯で吊って登校してきた姿が思い浮かぶ。
欠席中に実施したペーパーテストがかなり溜まっていて、それが全部そのまま宿題となった。彼は、家で答えを書き込んで持ってきて、朝のホームルームの時に、前に出て行って、教壇越しに先生に手渡した。採点されて返ってきた答案を、家に持ち帰り、間違った箇所を訂正し、再提出しようとした。
先生の反応は冷淡なもので、
「一度採点したものを、何でまた持ってくるんだ、わけの分からないことをするな」
みたいなにべも無い言い方だった。
― それはちょっと可哀想 ―
子ども心にそう思った。
その子は一切口を開かず、突っ返された答案をただ受け取り、困ったような表情を浮かべるでもなく、終始淡々とした表情で自分の席に戻った。
小柄な子で、クラス全体で整列するといつも一番前だった。
二年生のとき、どの先生が言い出したのか、学年で一番背の高い子は誰で、低い子は誰なのか調べてみようということになって、保健室に集められたことがあった。
戻ってきたその子に結果を聞いたら、小さいほうから二番目で、一番小さいのは迫田っていう子だと言った。
学年で二番目に小さい、その男の子とは、三、四年のときも、同じクラスになった。二度のクラス替えを乗り越えて、四年連続で同級。さらに中学一年のときも同級になり、結局、計五年間を同級生として過ごした。
そして、どういうわけか、それから三十八年も経って、突然SNSでつながった。
六年目の同級生というわけだ。
以後しばらくコメントの遣り取りが続いた。
ある日、彼の投稿の中に、中学時代に受け取った手紙についての書き込みを目にすることになる。差出人名のないラブレター。
書いたのが誰だったのかは、今でも謎のままだという。
嬉しくなかったはずはないが、迷宮入りした謎の事件としてのもやもや感が消えず、だからこそ三十数年経ってなお、そのことを話題にしているのだろう。
自分にとっては、そのもやもや感への共感より、ラブレターを貰った思い出を羨ましく思う気持ちの方が強かった。
当時、同じ中学に通っていたのに、そんなことがあったなんて全く知らなかったし、本人からそんな話を聞いたこともなかったので、意外でもあった。
ところが…、
しばらく経って、何と、そのことについての記憶が、おぼろげに蘇ってきたのである。
中学二年だった自分が、その「事件」に関与していたような気がしてきたのだ。
やがてそのぼんやりとした記憶は、より鮮明なものとなってきた。
ここで、少し当時のことを振り返ってみよう。
僕が通った鹿児島市立城西中学には、「週番」と言う制度があった。各クラスから一人、当番制で一週間、放課後に各教室を巡回し、きちんと整理されているかをチェックする係である。
黒板は綺麗に消されているか、チョークは準備されているか、掃除用具は定位置に揃っているかなどを確認して回っていた。
他の生徒たちが下校した後まで居残りしなければならないのは、損な役回りだというネガティヴな気持ちもあったが、同時にまた特権者の優越感も感じてた。誰も見ていない空間を巡回するのは、何となく気分が良かった。
ある日ある時、静まり返った校舎の片すみに、ずらりと並ぶ靴棚。その中に、知っている名前をみつけた。小学校の時から通算五年もそばにいたあいつだ。その愛嬌のある顔を思い出し、イタズラ心がむずむずと湧いてきた。後ろから忍び寄って「わっ」と驚ろかす、あの感覚だ。
そして考えついたのが、架空の女子からのラブレターだった。
手紙の主をこのように設定した。
― 一学年下の女の子。いつも遠くから眺めているだけだが、どんな人なのか想像しているうちに、いつしか胸のトキメキを覚えるようになった。そんな気持ちを伝えたくて、迷いながらも勇気を出して書いている。―
わざわざ、そのためだけに文房具屋に足を運び、十代の女の子が好みそうな便箋と封筒を選んだ。
そこにカワイイ丸文字を並べて、丁寧に書き込んで行く。
― 上手く書けたぞ! ―
誰が見ても、女の子の書いた可愛い手紙にしか見えないだろう。
可愛いシールで丁寧に封印し、誰の目にも触れないように、こっそりと靴箱の中に忍ばせることに成功した。
奴が、どんな顔をするか、想像しただけで愉快な気分だったが、それを書いたのが自分だなんて、誰にも言わなかった。だから、その後どうなったかも、全く知らない。
いや…、
どうだったかな…?
もしかすると、彼がラブレターを貰ったらしいという噂を聞いたような気もするが、そのあたりははっきり思い出せない。
どっちにしろ、そのまま特に何ごともなく月日は流れた。やがて、偽のラブレターのことなどすっかり忘れてしまっていた。
そして、三十年以上が経過。
五十歳になって、SNSで偶然そのことを目にして、
そして、
お・も・い・だ・し・た…、のさ!
彼自身がSNSに書き込むこともなかったとしたら、たぶんこちらも一生思い出すことはなかっただろう。
その後、彼はそのSNSを退会してしまった。よって、この事実を知ることになるか否かは分からない。
もしかすると、こちらはいたずらのつもりでも、彼にとっては淡く美しい思い出になっているのかも知れない。
だったとしたら、案外素敵なプレゼントをしたっていうことになるのかな?
