見出し画像

縁側のある家

 常盤の家には縁側があった。
 床が高くて、
 小さな子どもが外からあがるのは、
 ちょっとだけ難しかった。
 縁側のふちに肘まで乗っけて、
 「えいっ!」
 と片足を振り上げる。
 その足が縁側まで届くと、上陸成功。
 小さな子どもより、もっと小さな子どもは、
 縁側からウチには入れない。
 まだ一人前の子どもとは認められない。
 それまでは赤ちゃん。

    *

 横なぐりの雨が降ると、びしょにしょに濡れた。
 かなり古くなっていたから、
 もう、ツルツルに光ってなんかいなかった。
 板と板の間には、隙間があって、
 ささくれた所から、トゲが足の裏をチクリと刺すこともあった。
 でも、そんな縁側だから、冷たさがなかった。

    *

 小さな子どもは、そこからよく落ちた。
 兄妹三人、従弟三人、一人もれなく皆落ちた。
 ストンと落ちては、たんこぶ作って大泣きした。
 そこで、父は、竹で組んで柵を作った。
 すると、小さな子どもたちは、よじ登って落ちた。
 痛手は余計に大きくなった。

    *

 夏はそこでスイカを食べた。
 子どもたちは縁側のふちで、
 足をぶらぶらさせながら、
 庭に向かって、プップッと種を飛ばした。
 スイカの芽が何本も顔を出した。

    *

 軒先からロープを吊るし、
 父がブランコを作ってくれた。
 ゆらゆら揺れて、気分良かった。
 近所の大きな子どもたちが、
 ブランコのうわさを聞きつけて、
 代わる代わる遊び倒して、すぐに壊れた。
 父はすぐに修理してくれたけど、
 結果はまた同じだった。
 ブランコは、北側の三畳間に移動することになった。

    *

 縁側で陽ざしを浴びるのが好きだった。
 布団を並べて干してあると、
 こっそりその上に寝っころがった。
 見つかると怒られる。
 だけど、ぽかぽかで気持ちいい。
 さわっちゃダメだと言われても、それは無理。

    *

 布団はなくても、そこにごろんと寝ころんだ。
 ひなたぼっこはいつも気持ち良い。
 うたた寝をすることもあって、
 その間、ずっと太陽の光が当たってたりすると、
 効果テキメンに風邪をひいた。

    *

 ちょうちょがひらひらと飛んでくることもあったし、
 バッタがぴょんと跳び乗ってくることもあった。
 木の枝が落ちてたから、それを拾ったら、
 ぐにゃりとした感触にびっくりした。
 見るとそれは、虫だった。
 ナナフシっていう名の…。

    *

 縁側のある家は、冬はとっても寒かった。
 家の外と中の境いには、障子以外に何もない。 
 練炭火鉢を抱えこんで、暖を取っていた。
 子どもがいると、すぐに障子に穴があく。
 そこから風がぴゅうと入る。
 部屋はちっとも暖まらない。
 いつの頃からか、
 ウチの障子は、障子紙からビニールへと替わった。

    *

 東側に三枚、南側に六枚、計九枚の雨戸があった。
 古い雨戸の開け閉ては、なかなか骨の折れる仕事だった。
 小学校高学年になると、
 それは僕の仕事になった。
 なかなか動かないときは、片足かけて、
 「えい!」っと力ずくで押した。
 雨戸を閉め終わると夜になる。
 起きて雨戸を開けると、朝が飛び込んでくる。
 夕方と夜、夜と朝の区別が、はっきりとしていた。

    *

 夜になると、東側の戸袋付近は真っ暗になった。
 小さな子どもは、そこが恐くてたまらない。
 縁側の角を曲がってそこに行くと、
 魔物が潜んでいるかのようで、部屋の中とは別世界。
 ひとりでは、誰もそこに行けなかった。
 「肝試し」
 三人揃って、恐る恐るそこに近付く。
 誰かが、「わっ!」と脅かすと、
 「きゃーっ!」と一斉に声をあげ、
 ダダダッと走って逃げてくる。
 そんなことを繰り返しては、いつも叱られた。

    *

 小さい頃は、家のそばに沼地があった。
 夏になると、蛍がたくさん飛んでいた。
 小さな光が、いくつもゆれていた。
 戸袋の隙間から、家の中まで入ってきた。
 両手で包むようにして捕まえると、
 指と指の隙間から、ほんのりと光が漏れてきた。
 手の中で、青白い光が点いたり消えたり…

    *

 朝が来ると、
 雨戸の節穴から光が差し込んだ。
 細い光の筋が照らされて、
 小さな光の粒が躍ってた。
 白い紙で遮ると、外の風景が逆さに映った。
 スズメの声が聞こえてて、
 朝の気分は、いつもさわやかだった。

    *

 縁側に敷き詰められた板の中に、
 三十センチくらいの短い一枚があった。
 板が古くなって釘が落ち、取り外せるようになっていた。
 その一枚を取り除くと、床下の地面が見えた。
 僕は、板に隠れた下の部分に、紙箱を取り付けた。
 そして、そこに自分の宝物を入れた。
 まるで忍者屋敷のからくりだ。
 僕はひとりでときめいた。
 でも、その秘密の箱は、庭から見ると、えらく目立った。

   *

 縁側から、裸足のままピョンと庭に飛び降り、
 そのまま外で遊ぶのが好きだった。
 足の裏に感じる土の感触が好きだった。
 でも、裸足で降りると危ないって、見つかると止められた。
 新しい靴を買ってもらったときは、
 縁側で履いて、そのまま庭に飛び降りた。
 縁起が悪いからやめろと言われた。
 そんなことをすると、
 その子は、そのまま家に戻らない。
 昔からそう言われているらしい。
 故郷から遠く離れて暮らしているのは、
 あの日、縁側から飛び降りたせいかもしれない。

                (平成7年 10月 長野県上田市にて)


いいなと思ったら応援しよう!