その時、イジメにどう対処したか
まだ介護職に就いていた頃、そして、その仕事を始めて間もない頃の古い日記に、イジメと思われる実体験についての記述が残されていました。
今では、もう遠い昔の出来事となっており、読み返してもほとんど他人事のような距離感がありますが・・・、
もしかしてこの体験が誰かの役に立つ可能性もゼロではないかもしれない。そう考えて、敢えてここに転記することにしました。
なお、私がマジックに手を染めたのは、57歳の時。この日記を書いたのは、その3年前、マジックのことなどまだ何も考えていなかった頃です。
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2010年 4月9日 金曜日
入職して間もない職場なので、何もかもが初めての体験なのだが、この数日で、職務とは直接無関係の、全く不要な忌々しいことがあった。
現在の職場は二階建ての施設である。一階と二階は、ほぼ同じ構造になっており、それぞれに担当職員が割り振られていて、僕は一階で働いている
今週の前始め二階から降りてきた、四十歳前後と思しき女性職員。
フロアに現れるなり、その場に一人でいた僕に、こう言った。
「なんか臭いよ」
介護施設では、排泄のコントロールが上手くできない利用者さんもいらっしゃるので、こういう会話は普通に交わされる。
その少し前、微かに異臭を感じたので、一人の利用者をトイレに誘導したのだが、臭いの元は他にあったようだ。
「どこからですかね?」
僕の問いかけに返答は無く、その職員はそのまま事務室に入りデスクに着いて何かの書類を広げ、そこに視線を落としながら、ぼそっとひと言。
「いや、めどうさんが…」
出し抜けに何? と思った。真意を測りかねたが、とくに気にも留めず、職務を続けた。
数分後、用事を終えて二階に戻る前、こちら側に向かって、ただし僕を直視はしていなかったが、はっきりとした声で、再びこう言った。
「なんか臭いよ」
勘の鈍い僕も、そこでようやく気づいた。「めどうさんが臭い」と言っていたのだ。
唖然。
何だ、このあり得ない言動・・・。
それでも一瞬考えてしまった。
自分が体臭を放っているのだろうか? それとも、この場で強い違和感を漂わせているのだろうか?
思えば、介護職無経験の五十代男性新人の入職というのは、あちらさんにとっては想像だにしていなかったことで、たぶん歓迎する気持ちになれないでいるのだろう。
それにしても…、
「臭い」と言い放ってその場を去るというのは、常識から大きく逸脱している。
これまでに接してきた他のどの職員からも、臭いなどと言われたことはない。
これって、世に聞こえたハラスメント??
こちらをいじけさせて、職場から追い出そうというわけ?
だけどねぇ…、五十を超えた男にとって、それが「イジメ」として効力を発揮するわけがないのだよ。
逆に、中学生並みの精神年齢を自ら晒すような単純極まりない言動に、哀れみさえ感じたよ。
くだらない。
それでも決して気分の良い出来事ではなかった。今後、同じ職場でその職員とどう向き合って言ったら良いのか、今後の厄介な課題のひとつになると思うと、ちょっと気が重かった。
が…、働いているフロアも違い、まだ常勤でもないので、その後顔を合わす機会もなく、数日が過ぎた。
その後は特に変わったこともなく、妙な気分も、どこかに消え失せていた。
そして、再び顔を合わす機会がやってきた。
昨日の木曜日。月に一度の全体会議が開かれた。
例の「臭い」発言の主、こちらにとっては、まだ名前も知らず、顔もよく覚えていなかったが、そこに姿を現すはずだ。
それが誰だったのか確かめたくて、努めて何食わぬ顔を保ちながら事務室に集まった面々の顔を一人一人見渡していると…、
― いたいた、いたぞ。こいつだ。確かにコイツだった ―
意外なことに、その人の表情は明らかに強張っていた。
全員揃ったこの場で、あのことを暴露されたら困るとでも思ったのだろうか?
でもなぁ…、
そんなことをわざわざ皆の前で口にして、精神レベルの低い人間だなどと思われたくもない。
そ知らぬ顔で会議を終えたあと、廊下で件の女性と偶然すれ違った。
うつむき加減で視線を落としたまま、体を縮めるようにお辞儀して、こそこそと過ぎ去った。
一体全体何考えてんのさ??
要らんなあ、ホンマに要らん。こんなくだらない体験なんぞ!
今、彼女のことをどう感じているかと言うと…、全くなんとも思っていない。
― あれは、ちょっとした出来心だったのだ ―
そう思って、普通に接するつもりだ。
司馬遼太郎の小説『飛ぶが如く』の第一巻に、川路利良のセリフとして、こんな言葉が出てくる。
「おのれの好悪の情を他人に蝶々するのは男子の事ではあるまい。」
明治初期という時代背景を考慮すると、「男子」という言葉を「大人」に置き換えてよいと思う。
4月27日 火曜日
今月9日、勤務中僕に対して、「臭い」と真意を測りかねる言葉を吐いた職員のことを書いた。
会議で顔を合わせたとき、ばつの悪そうな顔をしていたということまで書いた。
今日はその後のことについて書いておこう。
その女性とは別フロアでの勤務なので、接触の機会は少ないのだが、一昨日の日曜日に、連携を取って仕事をする機会が訪れた。
例の出来事は、やはり一瞬の出来心的なアクションだったらしく、さすがに今度は同じことを繰り返しはしなかったが、それでも、なんとなくこちらの視線を気にしている様子は伺えた。
一度ああいうことをしでかした相手なので、ちょっと牽制的な態度を取っている。
適当な言葉が見つからなかったので「牽制」という言葉を使ったが、大したことではない。
何か用件を言う際、ほんの一瞬だけ(コンマ何秒程度)相手をじっと見据え、軽く身構えさせるのである。
一呼吸置き、相手が反応するのを確認し、それから言葉を発する。
口調は平常よりやや穏やかに…。
平たく言えば、「あんまし舐めてもらっちゃこまるぜ」という無言のメッセージなのだが、たぶん相手は、それが意図的な行動だとは思っていないと思う。
まあ、何と言うか・・・、見知らぬ人々だけで空気が出来上がっている職場に単身で乗り込み、慣れない仕事を一から覚えてゆくのは、やはり何かと気疲れするものだ。
今月二十日で、入職してからちょうどひと月が経過した。先週末ごろ、ようやく「やっていけそうだ」という実感が芽生えた。
それまでも、決して「やれない」とは思っていなかったのだが、今思えば、なんとなく自分が自分でないような感じがあった
本日、公休日。
(以上、過去の日記より)
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その女性職員、確かその後しばらくして姿を見せなくなったように記憶しています。辞めたのだと思いますが、所詮他人事なので、その辺の事情についてはよくわかりません。
