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初めて立った日

 僕が初めて立ち上がったのは、加世田にあった父の実家だったという話を、父から何度か聞かされた。
 「立ち上がったと思ったら、その日のうちにもう走っとったよ」
 笑いながらそう話す父の声が耳に残っている。立ち上がったその日に走り出したミラクル・ベイビーとして、近隣でちょっとした話題になったらしい。
 というのは嘘で、本当はなかなか立ち上がらず、一体いつ立つのかと周囲をやきもきさせ、普通だったら走り出そうという頃になって、やっと立ち上がったというのが真相だ。
 具体的に、何歳何か月だったのかまでは聞いていないが、赤ちゃんが立ち上がるのは、多くの場合、生後十か月から一歳二か月らしいので、それを遥かに過ぎていたということだ。
 赤子だった自分が、なぜいつまでも立ち上がろうとしなかったのか、横着だったのか用心深かったのか、今となってはよくわからない。
 初めて立った瞬間のことも全く覚えていないが、たぶん、その直後のことではないかと思われる。加世田の家の土間付きの玄関から、まだ慣れない一人歩きで、その周辺を歩き回ったことを、なぜかはっきりと覚えている。

 買ってもらった靴を初めて履かせてもらい、母から「家からあまり離れちゃいけないよ」と言われた後、新品の靴の匂いと履き心地を確かめるように、よちよち歩きで玄関から数歩踏み出してはすぐに戻る。そして今度は、また少しだけ行動範囲を広げてみるといった「冒険」を試みた。
 表通りに通じる路地に初めて踏み出した時、たまたま表を通りかかった若い女性が私の存在に気付き、小首をかしげて笑みを浮かべた。それまで、見知らぬ人からのそのような仕草を見たことがなかったので、たった一人でどうして良いかわからず、逃げるようにその場を後にした。
 まだ赤ん坊に近かったわけで、その女性がどのくらいの年齢だったのか、よくわからない。中学生だったかも知れないし、二十歳過ぎだったかも知れない。白いタートルネックのセーターを着た色白の小柄な人で、優しい笑みがまぶしかった。子どもの低い視線で見上げた、パステルカラーの絵画のような淡い記憶として残っていて、その印象が、思春期に至るまで「理想の女性像の原型」として心の隅に刻まれていた。

 他のことは全く覚えていないのに、その束の間のできごとだけを鮮明に覚えているのはなぜなのか…。
 今まで特に考えたこともなかったが、改めて考えてみると、一歳数か月の赤子が、初めて立ち上がったその日に、「歩く」「靴を履かせてもらう」「一人で外に出る」「家族以外の知らない人と対面する」という初めてのことを立て続けに体験したのである。それまで、自分にできることと言えば、家族が見守る中、部屋の中という限られた空間を、はいはいしながら見上げることだけだったことを考えると、それはもう、世界の見え方が激変したエポックメイキングな大事件だったに違いない。
 この、立ち上がってから走り出すまでの一連の動作を、少しずつ時間をかけて習得して行ったのなら、世界が突然激変するなどということもなく、記憶にも留まらなかったかもしれない。

 その女の人は、タートルネックのセーターを着ていた。ということは、お盆休みではなく年末年始の帰省だ。二歳の誕生日を迎える三か月前、一歳九か月だったことになる。
 もうすぐ二歳になろうかという頃まで立ち上がらなかったのだから、周囲はさぞかしやきもきしたことだろう。
 赤ちゃんが走り始めるのは、普通一歳半から二歳頃だ。
 「初めて立ち上がったと思ったら、もうその日に走っとったよ」
 この父の証言と、時間的な辻褄が合うのである。
 やっと立ち上がったその日に、突然やる気を出し、いきなり走り出して一挙に帳尻を合わせた。何か変な赤ん坊だ。面白がったのは、父だけではなかっただろう。


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