湖の底に住んでいた
長野県上田市から坂城町へと向かう県道77号線の西側に、半過岩鼻と呼ばれる切り立った大岸壁が聳えている。

崖の上からは、千曲川の流れとその周囲に広がる上田市全域、そして坂城町方面が見渡せ、大正10年に日本百景の一つに選ばれている。
その記念に作られたのが千曲公園で、上田に住んでいた頃、よく車を走らせては、ここからの眺めを楽しんだ。
千曲公園に立てられた案内板に、こんな話が紹介されている。
― 昔、ここ上田岩鼻と対岸の塩尻岩鼻は堤防のようにつながっていて、
上田盆地は一面の湖だった。湖の西側にネズミがはびこり田畑を荒らし
たので、唐猫を集めて追わせた。逃げ場を失ったネズミは岩山を食い破
り、湖の水は千曲川となって流れだし、一帯は陸地になった。―
上田盆地周辺の地図を見て、この盆地は昔は湖ではないかと勝手に想像していたので、この案内板を見たときは「我が意を得たり」という心境だった。
ネズミが食い破ったというのは、いかにも架空のおとぎ話であるが、上田盆地が湖だったことは地質学的にも証明されているらしい。二つの大岸壁を見ていると、湖水が流れ出したときの凄まじい侵食の様子が偲ばれる。
上田で過ごした20年のうちの大半は、千曲川に近い静かな住宅地に住んでいた。上田は、寒冷の長野県にあっては、寒さも厳しくはなく降水量が少ないため積雪も少なく、たまに大雪が降ってもせいぜい30センチ程度だ。
早朝、千曲川河畔に出てみると散歩を楽しむ人たちの姿も見られる。
古代湖の底での暮らしは、なかなか快適だった。
シンセサイザーを用いたライヴステージ用に『古代湖の精霊』というタイトルの曲を作ったのが、今では懐かしい思い出になっている。
