見出し画像

甲子園へのロードマップ #せりふ三題噺「屋上春一番ローファー」

卒業式が終わり、来年度を数日で迎える頃。最後の夏の甲子園に向けて、青木うみは練習に励んでいた。
青木はエースにこそなれなかったが、ピンチを幾度となくチャンスに変えてきた。その甲斐もあって、地方大会を突破することができた。目指すは優勝。少なくとも、1回戦を突破したい。

青木はフライ球を取るのがうまい。落ちる位置を把握し、自分や周りの距離感から的確に指示を出せる。飛んで来たら受け止める。監督からのお墨付きをもらっている。

「よし、休憩!」
「「「うぃっす!」」」
返事と共に、校舎へ駆け足で移動する。
最近、暖かくなったばかりだが、全員の額に汗がにじみ出ていた。日光の反射も相まって輝いている。青木はユニフォームの袖で汗を拭って、空を見上げると、違和感の影に気づく。

何かがこっちに飛んで来ている。ボールではない長方形の何か。俺がいるところから少し後ろあたりに落ちそうだ。

オーライ。オーライ。
はめていたグローブでキャッチすると、片足のローファーが手元にあった。男子生徒は革靴なので、女子生徒のものだろう。校舎の窓や屋上を観察しても人が見えなかった。誰のものかわからないので、適当に昇降口に置いてこようと考えた。監督に断りを入れて、近くの昇降口へ向かった。


青木は、昇降口に入ると、ピタっと静止してしまった。そこにいたのは、不破凛。この2年間、一目ぼれしてからずっと追いかけてきた女子生徒だった。運命の巡り合わせか、入学式からクラスは一緒だった。

気持ちが抑えきれずに何回も告白をしたが、不破は全部断っていた。けれど、距離を空けるどころか、近づいてきている気がする。好きな気持ちは変わらないため、話すたびに緊張が止まらない。

「お、青木。うちの靴知らない?」
「え。ああ、これ?」
「それそれ、サンキュー」

ぎこちない足取りで、不破にローファーを返す。グローブについていた砂ぼこりが付いて汚れてしまったが、不破は気にしていない様子だった。

「今、練習してたでしょ。途中にゴメンね」
「いや、ちょうど休憩するときに落ちてきたから」
「あ、そうなの?でも、休憩時間削っちゃったよね」

不破に逢えただけで嬉しい気持ちと、心臓の高鳴りを抑えたい気持ちが混ざり合って何も返事ができない。このままでは不味い。青木は何か話そうとして、咄嗟にローファーを指す。

「靴さ、上から落ちてきたけど何してたの?」
「うちの部の先輩から、卒業式にやってたって話を聞いたから、予行練習してた」

卒業式に被っている帽子を投げる風習になぞらえて、この学校では履いている靴を屋上から投げて祝うらしい。上に投げると怪我をすることと、最後の学校だからと屋上を開放してくれるのだ。

「じゃあ、屋上に行ったってこと?」
「先生に許可は貰っているよ。ただ、靴は投げないでねって言われたけど」
「今のところは気づかれてないみたいだね」
「だね。そういえば、落ちてきたやつキャッチしてくれたの?」
「うん。空から降ってきたから」
「すごいじゃん!ありがとうね!さすがフライの青木」

急に褒められて、より一層、高鳴りが止まらなくなってしまった。やばい、気持ちが抑えられなくなってきた。

「あの、不破さん」
「なに?」
「付き合ってください!」
「ごめんなさい」

即答だった。青木の中の空気が一気に抜ける。何度も告白しているのに、気持ちの高低差についていけない。不破の顔を見ると少しにこやかで、状況はいつもと同じだ。

「なんで…」
「教えてほしい?」
「…うん」
「そうだな~。どうしようかな~」
「その靴…靴、取ったから」

不破は、大げさに笑ってみせた。

「あはは。ずるいよ、それ」
「ずるいね。ずるいよね」
「分かった。教えたげる」

青木の目が一気に開いた。反動で少し開いた口が塞がらない。不破は、ローファーを差し出して、言う。

「青木君が、夏の大会でかっこいいところ見せてくれたら付き合ってもいいよ。だから、約束としてこの靴、履かせて」

一瞬、言っている意味が分からなかった。前半は納得できる。けど、なぜ靴を履かせる意味があるのか。青木は戸惑っていた。

「私、シンデレラが好きだったの。夢の遊園地でもシンデレラのグッズを買ってもらっていたから。これ、ガラスの靴に見立てて履かせてみて履かせてほしいな、と思って…ダメ、かな?」

不破の提案は、突発的なものだったらしい。少し顔が赤くなっていた。青木は、固唾を吞みながらグローブを外し、ローファーを受け取った。片足を床に付けて、ローファーを履きやすい位置に添える。

「片足上げて。足だけ見るから、心配しないで」
「…あ、うん」

不破はゆっくり脚を上げ、ローファーにつま先から履いていく。指の付け根、土踏まずが入り、最後にぴったりとかかとがハマった。
靴のつま先でトントンと整えると、青木の頭に両手を添えた。

「よし、頑張って来いよ」
「…うん。絶対いい景色見せるから」

青木は、外へ走っていった。グラウンドのある角を曲がり、青木の姿を見送ると、そっと胸を撫でおろした。

「ふわり、なにやってたんですかぁ?」
「青木君とシンデレラごっことは、私たち義理の姉妹だったのかな」
「ちょっ、みてたの!?」

不破は赤面して、そのまましゃがみこんでしまった。

「よく素直に言えたね」
「あれ、素直だったんか?」

友人たちはからかいつつも、背中と頭をそれぞれ撫でながら賞賛を送っていた。


青木が戻る頃には、野球部員たちは練習に戻っていた。監督が青木に気づく。
「おおっ、やっと戻ったか」
「遅れてすみません」
「生真面目なお前だから、居合わせた先生とかに何かされたんだろう。一回水分補給したら混ざってこい」
「はい。分かりました」

マネージャーから渡されたボトルを一気に飲み干し、グラウンドへ走り出した。今日は、風にあおられて桜吹雪が舞っている。春一番を背に受けながら、夏の甲子園に向けて走り始めた。


参加しました。

青春ものに落ち着きました。

いいなと思ったら応援しよう!