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青春低音生活

中学生の頃、あえて低い声で生活をしていたことがある。クラスの文集で「好きなタイプは?」という項目があり、当時好きだった人がそこに「声が低い人」と書いていたからである。

イタい。今思い出してもイタすぎる。よく青春とは甘酸っぱいものと言われることがあるが、私にとって青春とはネギのようなものだった。甘くも酸っぱくもなく、ひたすらに苦い。これからそんな苦いエピソードのひとつを書く。大人になった今、この苦味は薬味として私を味わい深くしてくれているものだと信じたい。

当時、私は身長が低い中学生だった。練習の厳しいバスケ部で毎日必死に飛び跳ねていたにも関わらず、成長期が周りよりも遅かったのでクラスの身長順ではかなり前の方にいたと記憶している。つまるところ、まだ声変わりもしていなかったちびっこなのに、学校にいる間は常に無理矢理な低音ボイスで受け答えするようにしていたのだった。

頭の中のイメージとしては麒麟の川島さんみたいなダンディでセクシーな声のつもりだった。しかしこれは私が自分で思い描いていた姿であって、客観的に見るとなかなか違和感があったと思う。そもそも見た目が子供すぎるのだ。おじさんなのに高い声なのがクロちゃん。子供なのに低い声の私はシロちゃんである。

そんなシロちゃんな私に対し、好きな人はよく「三毛田君、今日はバスケ部何時まで?」と声をかけてくれていた。そして部活が終わると、帰り道になぜかよく彼女の姿を見かけていたのだった。

私は声をかけられて、それからたわいもないことを二言三言やり取りすることが多かった。これは思春期男子を勘違いさせるのに十分な会話量である。私は自分に気があるなと存分に浮かれて、彼女と会話することが楽しみになっていた。部活中に彼女を楽しませる話題を考えて、会えたらがんばって話して。もちろんさりげない(つもりの)低い声で。

しかしそんな私の涙ぐましい努力もむなしく、恋はあっさりと終わりを迎えることになる。ある日の塾の帰り道、彼女がバスケ部の先輩と手をつないで歩いているのを見かけたからだ。

考えてみると簡単な話である。彼女がバスケ部の終わりを待っていたのは先輩のためであり、私は単に同じクラスの同級生として挨拶をしたまでだった。彼女の好きなタイプが「声が低い人」なのではなく、好きな人である先輩の声が低かったというだけの話なのだった。私はそんな単純な恋の方程式にも気づかずに無理矢理に低い声を出そうとがんばっていた。恥ずかしくてたまらない。

夜風が冷たかった。祖母が編んでくれた3メートルくらいあるマフラーをぐるぐる巻きにして、顔を隠しながら家に帰った。もらった時は編みすぎなんだよばあちゃんと思っていたが、この時ばかりはこの長さがありがたいと思った。毛糸の隙間から冬の匂いがした。

少し後日談をすると、私の間違えた方向の努力は、意外な形で活躍することになる。私はその年の合唱コンクールで低音パートの担当になり、私のクラスはスピッツの『空も飛べるはず』を歌って優勝することができたのだった。もちろん私一人の力ではないが、きっと私の想いが低音の歌声に乗って審査員の胸になにかしら響いたような気がしている。

役に立たない努力は存在しない。結果に結びつかないとしても、その努力の花は違うところで咲くのかもしれないということを学んだ。君と出会った奇跡で空も飛べるはずである。

ちなみに他の中学生時代のエピソードとしては、「俺、人の心が読めるんだよね……」とクラスの女子に言った話もあるが、これはまだ人生の苦味として享受できていない。ネギが辛すぎる。

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