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パンデミック映画 終末映画私のベスト3「渚にて」「復活の日」「Threads(スレッズ)」

人類の終末を描いた映画は数多くありますが
その中でも特に心に深く残っている三つの作品があります。
私は映画好きですが特定の作品を繰り返し繰り返し鑑賞します。
この3作品もその傾向が強いです。


1959年公開の「渚にて」
1980年公開の「復活の日」
そして1984年にイギリスで制作された「Threads(スレッズ)」です。

時代も国も異なる作品ですが
どれも文明が崩れていく瞬間と
その中で生きる人間の姿を描いています。
公開年順に見ていくと、終末というテーマの描き方が少しずつ変化し
より現実に近づいていく流れも感じられます。
今回はそれぞれの作品を通して感じたことを
感想という形でまとめてみたいと思います。

■渚にて
・公開年:1959年
・国:アメリカ
・原題:On the Beach
・内容の軸:核戦争後、死を待つ人々の静かな日常


1959年公開のアメリカ映画「渚にて(原題:On the Beach)」は
核戦争によって世界がほぼ壊滅した後
放射能がゆっくりと南半球へ広がり
やがて人類が終末を迎えることが分かっているという設定の作品です。
すでに戦争は終わっており
人々は自分たちの死が避けられないことを理解しながら
その時を静かに待つしかない状況に置かれています。

この作品の印象的なところは
終末を派手な破壊や混乱として描いていない点です。
爆発の瞬間や大規模なパニックは描かれず
「もう助からない」という現実だけが静かに迫ってきます。
その中で人々は取り乱すこともなく
淡々と日常を続けています。
家族と過ごし、恋人と語り
いつもと変わらない生活を守ろうとする姿が
かえって深い悲しみを感じさせます。

死を目前にしても、人は人としての時間を生き続けようとする。
その静かな覚悟のようなものが、作品全体に流れています。
大きな声で泣き叫ぶのではなく、ただ受け入れていく。
その姿に、人間の尊厳のようなものを感じました。
終末の恐怖というよりも
「残された時間をどう生きるか」という問いを
静かに投げかけてくる作品だと思います。

「渚にて」のコバルト爆弾は
当時の時代背景を知ると重みが全く変わります。

1950年代は「本当に人類が滅びるかもしれない」と
多くの人が現実として感じていた時代です。
コバルト爆弾は、まさにその恐怖の象徴でした。

コバルト爆弾とは何か(当時の認識)
・普通の原爆や水爆
 → 爆発+放射能汚染(でも時間とともに減る)

・コバルト爆弾
 → 地球全体を長期間、放射能で覆う可能性がある

という「究極の兵器」という扱いでした。
1950年に物理学者レオ・シラードが
「理論上は地球全体を死の星にできる兵器が作れる」
と警告として提案したのが始まりです。
実際に作られたわけではありませんが
概念としては非常にリアルでした。

「渚にて」が公開された1959年は、
・アメリカとソ連が核兵器をどんどん増やしていた
・水爆実験が盛ん
・放射能への恐怖が社会全体にあった
という、いわゆる「冷戦の真っただ中」です。
まだキューバ危機(1962年)前ですが、
「核戦争はいつ起きてもおかしくない」
という空気が現実にありました。

通常の核兵器なら、
・都市は壊滅する
・大量の死者が出る
・でも地球全体は生き残る
という認識でした。

でもコバルト爆弾は
・放射能が地球全体を回る
・時間が経っても減らない
・逃げ場がない
= 人類全滅
という設定です。

「渚にて」で
・北半球は全滅
・放射能がゆっくり南下してくる
・オーストラリアもいずれ死ぬ
という流れは、この発想が元になっています。

1950年代は
・核の知識が一般人にはよく分からない
・実験映像がニュースで流れる
・放射能=見えない死
という時代だったので、コバルト爆弾は
「人類が自分で自分を滅ぼす象徴」
として強烈なリアリティがありました。



■復活の日
・公開年:1980年
・国:日本(日本・アメリカ合作)
・監督:深作欣二
・内容の軸:ウイルスによる人類滅亡の危機。

1980年公開、日本・アメリカ合作の映画
「復活の日」は、未知のウイルスが世界中に広がり
人類のほとんどが死滅してしまうという衝撃的な設定の作品です。
国家も社会も機能を失い
文明そのものが止まってしまうという恐ろしさが強く描かれています。

原作の小松左京さんの先見性には改めて驚かされます。
何十年も前に、ここまで具体的に
人類と感染症の関係を描いていたという事実に
作家としての洞察の深さを感じました。
同時に、時代が進んでもなお、
私たちが完全に感染症を
克服できているわけではないという現実も考えさせられます。

コロナにより私自身も大きく人生が変わりました。
今まで続けていた事務所、店舗をすべて閉鎖し
収入が断たれたこと・・・。
その時、これからどうすればいいんだ?と苦悩しつつ
この映画を家で何度も見ました。
原作も読みなおしました。

ウイルスというものが
簡単には「退治できない存在」として描かれていることも
大きく考えさせられます。
抗生物質が効く細菌とは違い
人間の側が免疫を作ることで対抗するしかないという考え方は
現代の私たちが経験してきた状況とも重なって感じられました。
医学がどれだけ進歩しても
未知の感染症の前では人間は
決して万能ではないのだという現実。
では、自己免疫疾患の私はどうすればいいの?と。

話がそれました。
(私は医学的な専門知識はありません)

■Threads(スレッズ)
・公開年:1984年
・国:イギリス(BBC制作のテレビ映画)
・正式表記:Threads
・内容の軸:核戦争後の社会崩壊を徹底的にリアルに描写

確か、Amazonプライムで見たのが初めだったかな。
もう怖くて怖くてその晩寝られませんでした。
今でもこのDVDの写真見るだけで吐きそうなくらい怖いです。

1984年にイギリスで制作されたテレビ映画「Threads(スレッズ)」は
核戦争が実際に起きた場合
社会がどのように崩れていくのかを
徹底的に現実的な視点で描いた作品です。
この三作品の中でも、最も衝撃が強く
見終わったあとに重たい余韻が残る内容でした。

この映画の特徴は、徹底して現実に近い形で描かれていることです。
核爆発の瞬間だけでなく
その後に起きる混乱、食料不足、医療の崩壊、
社会秩序の消失などが細かく積み重ねられていきます。
時間が経てば回復するという希望はほとんどなく
むしろ状況はどんどん悪くなっていきます。

タイプライターで何月何日何時、みたいに
刻々と時が刻まれていく怖さ。

ネタバレにならない程度に書きたいですが
普通の家族、妊娠中の女性、結婚目前にした二人
普通の暮らしがあっという間に崩壊して
その子供がどうなるのか。
怖くて怖くて寝込みそうです。
思い出すのも怖い映画。

公開年順に見ていくと
1959年の「渚にて」は静かな終末
1980年の「復活の日」は希望を残した終末
そして1984年の「Threads」は徹底して現実を突きつける終末
というように、描き方が少しずつ変化しているのが分かります。

どの作品にも共通しているのは
文明がどれほど脆いものかという現実と
それでも生きようとする人間の姿です。
終末を描く映画は単なる恐怖の物語ではなく
「今ある日常がどれほど貴重なものか」を
逆の形で教えてくれるものだと感じます。

人間を守るために作った「兵器」が
人間を滅ぼすという哲学的なジレンマ。

その根底にあるのは「競う」ということや
「欲」。

権力者も普通の人も誰も彼もがいなくなる世界。


地球がなくなるのではありません
人間がいなくなるのです。というセリフに
全てが象徴されているのかも。

まとまりのない支離滅裂な文章になりました。


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