セレステ・イング著「密やかな炎」
ハヤカワ書房さんのnote
で知ったこの本、ページをめくる手が止まらない面白さでした。

この物語の舞台は、アメリカ、オハイオ州北部に現存するシェイカー・ハイツ。
シェイカー・ハイツは、元々はシェイカー教徒の入植地だったそう。
シェイカー教徒は、独身主義、自給自足の共同生活を基本とし、質素で実用的、かつ美しい木工製品を作ることで生計を立てていたという。
そう、北欧雑貨を扱うお店でよく目にするシェイカーボックスは、元々はシェイカー教徒が作っていたものなんだそうです。

北欧暮らしの道具店さんよりお借りしました🙏
シェイカー・ハイツは1900年代初頭、シェイカー教徒がこの地を去ったあとに開発された「計画都市」。
これはファクトで、以降はファクトを元に作られた物語のご紹介です。(ちなみに、著者はシェイカー・ハイツ出身。)
シェイカー・ハウスには細かな規律があり住人は皆それを守っていた。例えば家の外観、朝起きる時間、カーテンの色、髪の長さ、お祈りの仕方から、芝生は何cm以下に刈らないといけないなどなど…。全てをあらかじめ決めておけば、地上にささやかな天国を作ることができると考えられていた。
かつてシェイカー教徒が目指したのは「完全無欠」。それを引き継いだこの地で暮らす者たちは、
貧しい者には手を差し伸べ、皆のお手本になるような生き方をするためにあらゆる(過剰な)努力をすることを心情としていた。そのため、そうではない人に対して不寛容気味な気質を備えていた。
祖父母の代からこの地に住むリチャードソン夫人も、常に折り目正しく厳格な生き方を心がけてきた。
週に1度は体重を計り、医者に言われた適正体重を1キロと違わず維持。
夕食の時は1杯だけワインを飲んでもいいと決めるなど、事細かい縛りを自分や家族に与えていた。
決まりを遵守することで世界は機能すると教え込まれて育ち、守り、そして信じていたリチャードソン夫人。彼女には子供の頃からの人生の計画があり、その計画をひとつひとつ現実のものにして来た。そして、やるべきことをすべてこなし豊かな暮らしを築いてきたという強い自負があった。つまり、自分は正しいという絶対的な自己肯定感に満ち満ちていた。しかしそれは前述したように、自分と違う考えを許容しないという意味を内包している。
そんな彼女の前にミアというシングルマザーの女性が現れる。リチャードソン夫人とは全く正反対に自由に生きる女性。リチャードソン夫人は、そんなミアに不思議と惹きつけられる一方で何か警戒し見張っておきたいような気持ちも芽生えていた。
自分たちは世間の人間より賢くて思慮深く、思いやりもあれば先見の明もあり、豊かで進んでいる。それなら、他の者たちを啓蒙するのは自分たちの義務なのではないか。自分たちのような選ばれた人間には、自らの幸せを不幸な者たちに分け与える責務があるのではないか。
そういう驕った思考が、この街の住人には染み付いていた。
そこに、自分の気持ちに正直で貧しくても決して卑屈になることなく自分の意思で必死に、しかし誰よりも楽しそうに生きているミアとその娘パールが表れリチャードソン家は大きな変貌を遂げていく事になる。
物語の冒頭
リチャードソン家が燃える描写から始まり、各部屋から出火していた痕跡があったこと、末娘だけが姿を消していたという提示から始まり話は過去へと遡る という構成になっており、この完璧な豪邸が何故こんなことになったのか、をなぞっていく物語だった。入り口はミステリー仕立てだが途中からはそのことを忘れて読み進めていた。それは、現代の格差社会の実態があまりに鋭い視点で描かれていたからかもしれない。
読んでいて感じたのは、
お金があってもなくても幸せな人もそうでない人もいること。見せかけの幸福の裏に、頂点から人を見下すような思い上がった思考が隠されていることや、そういう社会を意図的に作って来たであろう腹黒い人々(元々この計画都市を画策した人たち)の呆れるほどの野望が想像できて恐ろしくなった。こうして人は本来の人間の在り方を忘れ狂っていくのかと。
自分は誰よりも正しいと信じ自分の行いの全ては善行だと疑わなかったリチャードソン夫人は、本当に幸せだっただろうか。
リチャードソン氏の心の呟き↓
規則に則っていれば安泰だという、その規則というものの難点は、どんな物事にも正しい道と間違った道がある、と漠然と示してしまうことだ。だがたいていの場合そこにはただ道だけがあるのであって、明らかに正しい道も明らかに間違った道も現実には存在しない。
これまで妻に従って来た夫も疑問を抱き始める。
美しく完璧に秩序だった美しい住宅街での暮らし。どの家も隣の家と調和している。(ように見える。)住民はみな仲が良く、誰もが規則を守りうわべは美しく完璧に見えていたこの街。
その中の完璧な1軒の家が全焼したことで、それまでの生き方に疑問を持ち始めた住人たちは、この後どのような人生を作っていくのだろうか。
人はこのように、大きな喪失を経なければ気付くことが出来ないものなのかもしれない。本当はそうなる前に、本質的な生き方をそれぞれが自分の頭でしっかり考えないといけないのだと思う。しかしまた、こうして過ちを犯すのが人間なのだとも思う。
印象に残ったミアの言葉↓
「全てを失ったと思ったときにこそ道が見つかることがある。火事で燃え尽きた草原みたいに。地面は焦げて真っ黒で、草も木も焼き尽くされて。でもね、焼かれた土壌は豊かになる。そこから別の命が芽生えてくる。人も同じ。はじめからやり直すことができる。」
大変読みごたえある作品でした。
長文をここまでお読み頂き
ありがとうございました❤︎
