ポケットメモ#92 雨の日の近道 ー不思議な入り口ー
■今日のポケットメモ
子ども 風呂 鱗
***
雨が降る。
水たまりができる。
子ども達は、水たまりが好きだ。
水たまりに片足を突っ込んで。
ジャブジャブジャブ。
次第に度胸がつくのか。
気がつくと、両足ともに水たまりの中に入り。
水しぶきを上げて、大きく足踏みをする。
キャハハ。
笑い声が聞こえる。
傘を差していたはずの手は。
傘を持ったまま、両手を振り回す。
なんだか、とっても楽しそうだ。
***
会社から駅へ向かう。
雨にはあまり濡れたくない。
ここが最短距離だから。
ちょっと言い訳しながら。
いつもは通らないちょっと薄暗い道を。
駅に向かって急いで歩く。
その途中で。
大きな水たまりを見つけた。
***
今日は雨が強い。
斜めから吹きつけている。
傘は差しているが、上着の裾からは水がしたたり落ちている。
大きな、水たまり。
・・・そうだ。
今なら、あれをやってみよう。
どうせ濡れているんだから。
素早く左右を見回す。
誰もいない。
よーし。
助走をつけて、水たまりに向かう。
濡れてはいけない、から解放されると。
何だか楽しくなってくる。
ビシャン。
・・・と突っ込んだはずが。
ドボンと言う音とともに、体が沈んだ。
あっという間に、頭の上まで水がくる。
やばい。何に入った?
***
水の中では、目を開けていられない。
いつの間にか。
持っていたはずの傘が、手から離れている。
水の中は、息ができない。
とにかく水面から顔を出さなきゃ。
両手をばたつかせて水をかく。
何かが手に当たった。
必死に掴む。
もう、息がもたない。苦しい。
掴んだ何かをぐいっと引き寄せたら。
体の方が引き寄せられて。
水面の上に顔が出た。
はぁ。はぁ。
酸素。酸素。
空気中の酸素が、こんなにありがたいと思ったことはない。
大きく息を吸う。
吐く。
吸う。
吐く。
体中に酸素が行き渡り。
やっと目を開ける余裕ができた。
ん?
ここ、うちの風呂?
見慣れた洗面器に、風呂の椅子。
どうなっているんだ?
びしょびしょの洋服を着たまま、風呂のドアを開けた。
やっぱり、うちだ。
会社から2時間の道のりを。
一瞬のうちに帰宅できた。
何だかよく分からないが。
よかったのかも。
そして。
出てこれたのが風呂でよかった。
トイレだったら・・・。
うっかり水洗ハンドルを押してしまい、逆戻りしていたかも。
ラッキーをかみしめた。
***
また雨が降ったら。
水たまりにドボン、を試してみよう。
そう思ったのに。
一向に雨は降らない。
天気予報のお姉さんは、爽やかに伝える。
「今年の夏は日照りが続くことが予想されます。
水不足が心配ですね」
***
朝、会社に向かう。
2時間の通勤電車に揺られながら。
雨乞いって素人でもできるのかな。
まずは、龍神様へのお供えが必要かもな。
満員電車の中では、スマホも取り出せない。
雨乞い、龍神様、お供え
雨乞い、龍神様、お供え
雨乞い、龍神様、お供え
忘れないように、心の中で呟く。
ガタン。
電車がターミナル駅に停車した。
車内の乗客が出入り口のドアの方に向きを変える。
その一瞬。
前にいた男が。
腕を振り上げた。
袖口から。
長い爪と銀の鱗が光る、腕。
だが。
あっという間に車内の乗客に押し出され。
人混みに紛れ。
鱗のついた腕は、見えなくなった。
<Fin.>
こちらも水たまり・・・
