デザイン×HRの探求日記①アアルト大学大学院IDBMコースでの1か月から見える「デザイン的アプローチ」の定義と価値
会社を辞めてフィンランドの大学院に進学し、早くも1ヶ月半。
ようやく怒涛の1学期が終了したため、何を学び、何を感じているかを振り返りたいと思います。
今回は最初の記事になるため、前提どんな大学・学部なのか?というのも少し触れた上で学びの内容にも触れます。そのため知っている方などは目次でスキップしていただければと思います!
前提:アアルト大学IDBMコースとは
フィンランドにあるアアルト大学は、経済大学、美術大学、工科大学の3つの大学が国主導で合併し、2010年に設立された学校です。そしてこの合併以前から3つの大学連携で行っていた授業を元に、合併後に学部となったのが私が進学しているIDBM(International Design Business Management)。アート&デザイン、エンジニアリング、ビジネスいずれかの専門性を持つ生徒が毎年約60名(各領域20名程度ずつ)参加し、異なる専門性を掛け合わせながらクリエイティブな課題解決を行ったり、イノベーションを起こせるリーダーを育成するような修士のプログラムとなっています(ちなみに、この学部は政府の産官学連携型のイノベーション推進の役割を担ってもいたりします)。
具体的に「クリエイティブな課題解決」と「イノベーション」って何を指すのか?はこの後詳しく説明する勉強内容から理解いただければと思います!
授業の構成
本学部は1年5学期制×二年のプログラムとなり、必修の授業いくつかと副専攻、そして自由選択科目で構成されています。私は副専攻はPeople Managementとし、自由選択科目においては社会課題やビジネスにおけるデザインアプローチの活用方法を学び体感できるような授業を多めに取る予定。
ただこの1学期目はIDBM ChallengeとStrategic Designという必修授業のみで週5日が埋まり、選択科目は取れず。今回はこの2つの授業で学んだ「デザイン的アプローチとは何か」という内容について書きたいと思います。
※ちなみに9月~今月にかけては特に積極的に色々参加し吸収しよう!と思い立ち、デザインもしくは人組織に関するイベントに20個近く参加。そこで得た知見や見方も一部組み合わせて書きます。
複雑な課題を解決するためのデザイン的アプローチとは
今回取った授業の主なテーマは、複雑な課題に対してのアプローチ方法について。
変化が激しく先が読めないVUCA時代、社会がますます複雑になる中で、従来の科学的アプローチ(観察・仮説・検証といった論理的なプロセスによって客観的に物事を解き明かそうとする方法)では、予測を前提としているために対応しきれなくなってきている。そしてそこで新たな課題解決のアプローチとして注目されているのが、デザイン的アプローチです。
※正確には今回授業で批判的システム思考(critical systems thinking)と戦略的デザイン(strategic design)を取り扱いましたが、お互い重なる部分が多いことや最初からそれぞれ分けて解説するとより複雑になりそうなので、この時点では一括りに「デザイン的アプローチ」として書かせていただきます。ちなみに、よく巷で話されている「デザイン思考」はこのデザイン的アプローチの一つの手法(先生達はデザイン思考が表層だけ捉えられてビジネスに利用されすぎていることにかなりもやもやとしていそうでした笑)。
そもそもデザインとは何なのか
授業の中ではデザインの明確な定義は体感しながら考えましょう、とされていましたが、デザイン関連のイベントに参加した時に聞いた定義も含めると、「デザイン=形をつくること」ではなく、対象となるものを精緻に観察し、複雑さの中に秩序と意味を編み出すことと定義できるのではと思っています。
これでもまだ抽象的ではありますが、複雑な課題に対峙するとき、カオスをカオスとして受け入れながらそこに潜むパターンや意味を探ったり、見えていない関係性や物事を想像して可視化することで新しい見方や関係を編み直したりできるもの、というイメージです。良いデザイナーは良い目を持っていると言われることもありますが、物事の特性や小さな差異に気づき、斬新な着眼点を活かすことができるのも、デザインの力だと言えます。
この、「複雑なまま」「全体を捉え」「多種多様な物事をつなげながら考える」思考法が、この変化の激しい、予測不能な社会に合いやすいとされています。

従来の化学的アプローチとシステム思考(デザイン的アプローチ)の違いについて。
課題発掘に向けたアプローチ「批判的システム思考」
では、複雑な社会・組織課題を扱う際に、どのように課題を見つけ、アプローチすれば良いのか。授業では、そのアプローチ方法として「批判的システム思考」を取り扱いました。
これは、ある一つの視点・手法だけでなく、複数の視点を掛け合わせながら前提や枠組みを問い直すような思考法。主に5つのシステム的視点(Mechanical、Interrelationship、Organismic、Purposeful、Societal/Environmental)を用いて複雑な問題の発見~解決までのプロセスを辿ります。
ちなみに、それぞれの視点には強みと弱みが存在し、一つの視点だけで全体を捉えることはできないという考えのもと、必ず複数の視点から見て掛け合わせ、時に振り返り別の手法をまた試しながら進めていくことが重要とされています。

5つの視点は具体的にはこちら。
① 機械的システム視点(Mechanical Systemic Perspective)
組織や社会を目標を達成するための機械として捉える視点。
「インプット→変換→アウトプット」というモデルを通じて、どのようにすれば目的を最も効率的に達成できるかを考える。ビジネスの文脈でよく使われる視点はこれ。
② 相互関係システム視点(Interrelationships Systemic Perspective)
組織内の関係性や相互作用のパターンに注目する視点。
個々の要素ではなく、要素間のつながりやお互いの関係性(フィードバックループということもある)がどのように全体の行動を生み出すかを理解し、介入の効果的なポイント(レバレッジポイント)を見つけ出すための視点。
③ 有機体システム視点(Organismic Systemic Perspective)
組織を生きた存在(有機体)として捉える視点。
変化する環境の中で、どのように適応し、生き残り、成長できるかに焦点を当てる。組織内の部分部分には自律性を持たせつつ、全体のバランスを保ちながら組織が学習し発展し続ける仕組みを重視する。
④ 目的的システム視点(Purposeful Systemic Perspective)
組織の中にいる人々の意図や価値観に注目する視点。
人はそれぞれ異なる目的や意味づけを持って行動するため、現実は一つではなく、多様な解釈の交渉によって形成されるとして見ていく。対話や相互理解を通じて、共通の目的を見出していくことを重視。
⑤ 社会・環境システム視点(Societal / Environmental Systemic Perspective)
システムが社会や環境に与える影響に目を向ける視点。
権力構造や不平等、環境への負荷などを問い直し、意思決定の中で見過ごされがちな人々や存在(将来の世代、自然など)に光を当て、公平性や持続可能性を確保することを重視。
これらを組み合わせて課題を分析してみてわかったこととしては、既存の組織においてはよく①の機械的システム視点が重視されがちであるものの、他の視点で捉えると見えてくる課題もアプローチ方法も変わってくるということ。
MECEに分解して、データで分析して、課題を絞って捉えて対応する。この科学的ともいえるアプローチは、視野が部分的になりやすく全体を捉えづらいという危うさがある。定量化して効果を予測しないと投資をもらいにくいし、物事を進めづらいという既存の組織によくある進め方に対して、これで本当にいいのか?何か大事なものを失ってはいないのか?と直観的に感じていたのですが、中長期の視点や組織の構造的な難しさが観点から抜けやすいということがよりクリアに理解でき、直観を裏付けするような学びになったなと感じています。
ちなみに参照書籍の中でも、「組織化された複雑性を持つ課題では、多数の変数が相互に関係し合っており、ある特定の視点から見れば成功したように見える介入でも、代替的な視点から見ると、利益がないか、あるいは状況を悪化させている可能性がある」とされていました。この5つの視点それぞれに合った介入方法があるため、一つのやり方で全てが解決できるわけではないし、複数の視点で見て考え適切なアプローチを選ぶ必要がある、ということです。

どういうステークホルダーがどういう関係性の中に存在しており、どう影響を受けるのかを可視化した図。
課題解決に向けたアプローチ「戦略的デザイン」
では、課題を発見していった先に解決していく時にはどうするのか。ここで「戦略的デザイン」が出てきます。
※戦略的デザインは課題発掘フェーズでも使われますが、今回はより課題解決寄りのフェーズにフォーカスを当てて書いています。
課題解決においてまず重要なのは、そもそもの課題を捉え直すということ。
例えば
・コストを投資として捉え直す
・時間の制約を物事を動かす力として捉え直す
・リスクを機会と捉え直す
など。課題の定義が変わるとできることが広がり、これらによって物事が進むこともあるとされています。
また、捉え直しの際の観点として、授業でも以下を取り扱いました。
・比較してみて差異を見てみる(他と比べると何が見えてくるのか?)
・一歩引いて捉えてみる(どんな文脈の中に存在する課題なのか?尺度を変えると何が見えるか?何か見過ごしているものはあるか?)
・分解したり統合したりしてみる(部分的にみると何が見えるか?つなげて考えると何が見えるか?)
・単語の意味や定義を明確にしてみたり、単語自体を変えてみる(この単語は何を意味するのか?他の言い方をすると何と言えるのか?)
そして、ここで捉え直した課題に対して何かをするときに大事なのが、可視化してみる・形にしてみること。
人は視覚と体験にかなり影響を受けるため、可視化して形にしてみるというプロセスを経て、ひたすらフィードバックを受けて課題の捉え直しに戻って…というプロセスを何度も繰り返すことが重要となります。これによって見逃している観点をきちんと包含していくようなイメージです。
次世代リーダーに求められていること
特に複雑な課題解決においては、企画・実行・改善の3つのフェーズを高速に繰り返すことで真の課題解決に近づけていく必要があり、そのためには多種多様な専門性を持つメンバーで構成されたチームで課題に立ち向かうことが必要不可欠です。
リーダーはそんなチームの力を最大限発揮させるために、内省と振り返りを繰り返しながら自己理解力・他己理解力を高めることを前提に、
・どの立場で、どのように関わっている人なのかを明確にすること(プロジェクトの実行者?起案者?それともサポーター?)
・心理的安全性を確保すること(表情・言葉・話す場所や環境・その組織内で賞賛される行動と言動の一致など)
・衝突が起きた時に、その背景を理解し適切に対処すること(タスクに関する衝突はタスクの質を上げるチャンスだが、人と人の衝突はタスクの質を下げると理解する)
これらを念頭に、チームをリードしていくことが求められているとされています。

そして特に印象的だったのが、リーダーに求められるのは "Be comfortable being uncomfortable"(心地よくない状況に、心地よくなること)だということ。予測不可能な変化の激しい時代の中で予測できることに固執したり、不安や違和感を不快なものとして排除したりせず、そこにこそ何か潜んでいる可能性があるかもしれないと思い、しなやかにそこにとどまり探求する姿勢が重要だということです。
早く結論を出したい、見通して安心したいという人間の性に対して、どうその気持ちを落ち着かせてじっくり考えられるか。要は、リーダー自身が時間と余裕をもたない限り、複雑な課題を解決しうるアプローチ(特に画期的に大きく状況を変えうるクリエイティブなアプローチ)は生まれないということですね。
ちなみに、授業内では「人の考えをクリエイティブなものに変えようとするよりも、環境を変えることの方が人のクリエイティビティに影響を及ぼす」という言葉も紹介されました。これは、時に組織のシステム(組織の目的・組織構成・ルールや規範・意思決定プロセスの在り方・人材ポートフォリオなど)ごと変えることでクリエイティブな課題解決が可能になるということ。この言葉により、一層自分が探求したいHRとデザイン的アプローチの親和性と可能性を感じた一か月でもありました。
補足:アアルト大学の名前の由来となっているアルヴァ・アアルトについて
つい先日、ちょうど彼が生まれ育ったJyväskyläという土地にあるアルヴァ・アアルト美術館を訪問した際、改めて彼の考え方そのものがアアルト大学、そしてIDBMコースに色濃く反映されていると感じたので、ここに少し補足したいと思います。
アルヴァ・アアルトとはどんな人か
フィンランド生まれの20世紀を代表する建築家兼デザイナーであり、自然由来のシンプルでモダンな北欧デザインのスタイルをつくり出した、第一人者ともいえる存在です。アアルト大学の元となった学校の一つ、ヘルシンキ工科大学で建築を学んだ後、50年以上のキャリアの中で200以上の建築と、家具や照明器具等のインテリアデザインを幅広く手掛けた人になります。
アアルト大学の校舎のいくつかもアルヴァ・アアルトによって手掛けられており、学校にある椅子やソファはアアルトデザインのものも少なくありません。(ちなみに、アルヴァ・アアルトはインテリアブランドArtekの経営者でもあり、ガラス製品で有名なイッタラのコレクションのデザイナーとしても有名です。もしかしたらそれで知っているという人もいるかも知れません...!)



アアルト大学およびIDBMコースとの親和性
今回、彼の考え方や姿勢の中でアアルト大学IDBMに共通すると感じたのは、下記。
一つ目は、暮らしや人の過ごし方から考えデザインすることを大切としていること。アルヴァ・アアルトのデザインは機能的な中にも心地よさ、柔らかさのある「使う人本位」の建築やデザインが魅力とされており、「つくったものに人が合わせるのではなく、人それぞれの形に合うようにつくる」という考え方を重視していたと言われています。その人がどうそこで過ごし、どのような流れで移動し、どんな感情でそこにいるのか。人を起点に考える人間中心設計のデザインはデザイン的アプローチの基盤であり、IDBMコースでも大事にしている価値観の一つです。
二つ目は、デザインを「新しい問題の解決」と捉え、常にイノベーティブに挑戦し続けたこと。彼は自身の夏の別荘を "Experimental House" と呼び実験の場として様々なデザインを施していたという話も印象的ですが、ピカソなどのアーティストや他のデザイナーと協働したり、産業革命によって大量生産が主流となってもその中でどう個性をそのまま残したデザインにできるかを考えたりと、新しい取り組みや、社会の流れに前向きに挑戦し続けていた姿が印象的でした。「建築は絵を描くことだけで終わらず、交渉の連続と形にしていくプロセス一つ一つの積み重ねでできている」という言葉を彼のパートナーのElissaが残していますが、異なる専門性に染み出し、掛け合わせ、前向きに協働していく姿も、IDBMの大事にする考えや進め方と近しいものを感じました。
三つ目は、こうした多種多様な人の交流が活発に起きるような場所が彼の建築物の中に多く現れること。年齢、人種、バックグラウンドに関わらず、誰もがアクセスでき、集って何かを共有できる場が建築物の中心に多く存在します。これは、先ほどの異なる人との交流そして協働を楽しむ姿勢に通じるものを感じ、IDBMの大事にしている進め方とも親和性を改めて感じました。
ちなみに、サステナブルな建築・デザインを重視する姿勢もアアルト大学全体の思想に共通します。
なんだかこうやって大学にも学部にも、名前だけでなく思想やアプローチの仕方が文化として引き継がれ、大事にされ続けているというのは不思議なものですね。
さて、長文になりましたが、まだまだ始まったばかりのIDBMコース。
理解が不足している部分や学び途中の内容もあるかとは思いますが、これまでの経験や自分の興味関心とも多分に結びついてきており、非常に興味深いです…!
これからはより一層実践的な探求も絡めながら、学びを深めていくのが楽しみです!
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