2018年のボブ・ディランのベスト盤
数年前になくなってしまったが、ロッキン・オンが音楽文投稿サイト「音楽文」というのをやっていた。
当時、思いつきでディランについてつれづれに綴ったものを投稿してみたら掲載されたことがあった。
何年か経っているので、少しばかり修文したのだけど、マガジンのタイトルもディランの歌詞からつけたので、最初のNOTEはこれをメインにしたい。
では、ここから。
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2018年のロッキン・オン6月号はボブ・ディランが表紙で、裏表紙には新しいベスト盤の広告が出ていた。
「ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ボブ・ディラン」
1曲目がライク・ア・ローリング・ストーンからはじまるし、選曲のバランスもいい。
自分が気になるのは、これを誰が買うのかという事だ。
以下は長文になるが、書いておきたいという衝動を抑えられず一気呵成に記したもの。
すべてディランのせいだからご容赦願いたい。
「ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ボブ・ディラン」の価格、2,500円というのは、自分の世代の感覚ではほぼ新品LP1枚分に相当する。(2,800円が多かったような。)
このベスト盤の収録曲数を考えるとLPなら3〜4枚組くらいに相当すると思われるので、コスパも高いようにも思えるが、手持ちの2,500円をCDに充てる気持ちが動き、実際に購入するのはどんな人なのか、とても興味がある。もちろんバリバリのコレクターは除外して。
自分が一番最初に買ったボブ・ディランのアルバムは「バイオグラフ」だ。
今でこそ価格は3枚組で5,400円だが、中三の自分が購入した時は1万円だった。
なけなしの小遣い、お年玉のほばすべてを投入して、中学校近くのダイクマの斜向かいにあった電気屋で買った。
中3の夏が終わり、部活も引退で練習もなくなったため、特撮マニア同志で気が合っていたバレー部の親友とはなんとなく疎遠になっていた。
そんな秋のある日、久しぶりに親友の家に遊びに行く事があった。
ヤツの家にはいいオーディオセットとスピーカーで大きな音を出せる環境があった。
それまでもよく訪ねてはお互いの特撮映画のサントラLPを聴いていた。
今日も大きな音で伊福部マーチが聴けると内心楽しみにしていたが、その日は違った。
ヤツはおもむろに「ザ・ビートルズ 20グレイテスト・ヒッツ」というベスト盤をかけた。
いきなりの
"ドドン ドドンッ"
"シッ ラッジュ 、ヤー ヤー ヤー"
からはじまる衝撃の余波が現在に至るまで自分を駆動していると言っても過言ではない。(実はヤツの家のオーディオセットで大音量で聴いたという事も大きかったのではないかと今書きながら思った。)
ヤツは更に「サージェントペッパーって知らないでしょ?」などと言う。
もちろん知らない。
何となくヤツに大きく水を開けられたような感覚を持って帰宅したのを覚えている。
何故かウチにはKUWATA BANDのライブ盤CDがあった。南林間にCDのプレス工場があり、父親がそこの系列会社で働いていたから貰ってきたのだろう。
そのライブ盤はパープルの"Smoke on the Water"のカバーからはじまり、他にもいろいろなカバーをやっていた。おや、聴いてきたばかりの"Hey Jude"もやってるじゃないか。
大きな音を出せないので、ヘッドホンで聴いた。
全部英語でよくわからなかったが、まず'Be My Baby"と"天国への扉"という曲が気に入った。
"Like A Rolling Stone""風に吹かれて"という曲もテンポが早くて、いかにもロックでハードでカッコいいと思った。
自分が気に入った曲の作者を見たらB.Dylanとある。
図書館にあったロックの歴史の本(まるで絵本みたいだった)を見たら、黒いジャケット姿にサングラスをかけ、髪を逆立たせた細身の男がエレキギターを弾いていた。
これがディランか。
きっとすごいに違いない。
ヤツに対抗できるのはコイツだ。一発逆転だ。
「ボブ・ディランってヤツ知らないでしょ?」って言ってやるんだ。
早速、中学校近くのダイクマの斜向かいにあった電気屋に行き、ディランのアルバムを探した。
そこにはレコードはなくCDだけが売っていた。
あったのは2種類。
演歌歌手みたいな中年男がこちらを見ているそのCDには「エンパイアバーレスク」と書いてあり、知っている曲は入ってなかった。
もう1種類は3枚組、しかも1万円。
しかし、ジャケットにはサングラスを外した状態の髪を逆立たせたあの男の写真。
"Like A Rolling Stone"も"風に吹かれて"も"天国への扉"も入ってるじゃん!
だがすぐに買えるような金額ではないため、お金が貯まるのを待った。
また、注文すれば店に届くというシステムを知らなかったため、売れてしまわないかと心配になり数日に一度は棚をチェックし、たまに歌謡曲の棚のいしだあゆみの隣に移動してみたりした。
受験も控えていたから景気づけの意味もあったかもしれない。年が明けた1月の終わりか2月の初めの頃、なけなしの小遣い、お年玉のほばすべてを投入して、中学校近くのダイクマの斜向かいにあった電気屋で買ったのだ。
「バイオグラフ」を。
CD1の一曲目、ヘッドホンをかけ、固唾を飲んで音楽を待った。知らない題名だ。"Lay Lady Lay "。
空き缶を叩いているような、"コンカ コンッコカ、コカッ コカコン"、ペダルスティールののどかな旋律。思い描いていたロックサウンドとは全く違う世界が広がり、焦りの気持ちが高まる。
"おい、1万円だぞ、失敗は許されないぞ"
続いて出るボーカル。初めて聴くディランの声。
♫レレディ レー♫
つるっつるのカントリー声...。
https://youtu.be/LhzEsb2tNbI?si=FD3FPP3Tjsg42xJ4
何かの間違いに違いない。
そうだ"風に吹かれて"だ。
あんなにロックしていたじゃないか!
曲を飛ばして7曲目に。
♫ハーゥメニー ローッ、モスト マーン、ウォクダン♫
アコギのツッチャンチャカチャン、ツッチャンチャカチャンに続いて出てきた、さっきとは全く別人の声。
ボブ・ディランはグループではなかった筈だ。
しかもアコギとハーモニカ。長渕みたいじゃないか。
(のちに逆だった事を知る)
15曲目。
"Like A Rolling Stone"を確かめなければ。
"タン!"スネアの音。そしてオルガン。
思ったよりゆっくりしたテンポだ。そしてボーカルが出る。
♫ワンサポーナ タム ドレッソー ファイン、(中略)、デン ニュー♫
また別人じゃんかよ!
1万円だぜ、失敗は許されないのに...。
どうすればいい...。
血の気が引き、冷や汗をかいていた。
遠くに聞こえる「ご飯だよー」という母親の声も単に音としてしか認識する事が出来ずに、一瞬何を言われているのかわからなかった。
その日、とりあえず夕食を済ませた後の事は覚えていない。
その後、ヤツからはアビーロードを聴かせてもらった。何でもサージェントペッパーとこれのB面がビートルズの最高傑作だそうだ。知っている曲もあった。
しばらく1万円の投資に失敗し落胆した日々を過ごした後、何故かわからないが、こんな考えが思い浮かんだ。
「でも、そんなに有名なら何かがあるのではないか」
「わかるまで聴いてみよう。」
そこからは"もったいないから"という一番の理由からディランを聞いた。毎日、毎日...。
そしてある日、"Lonesome Death Of Hattie Carroll (ハッティ・キャロルのさみしい死)"が自分に入ってきたのだ。「今は泣くときではない」というディランの言葉と声がひとつになって。
この時が本当の意味で、ディランと出会った瞬間だったと思う。
部活の親友、ヤツの家のオーディオセット、ビートルズ、南林間のCD工場、父親の仕事、KUWATA BANDのCD、お小遣いやお年玉、今はもうない電気屋...いろいろな要素が繋がって自分はディランと出会えた。
だから「ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ボブ・ディラン」を誰が買うのかについて、気になる。
バイオグラフがどれだけ売れたのか知らないし、気にしたところでわからない事だが、アルバムの売り上げの一枚一枚に、自分のようなアルバムとの出会いがあると考えると、他のいろいろな数字を見る時にも見方が変わる。
"どんな気がする?"
手を変え品を変え、自分の中のディランはいつも問いかけてくるのだ。
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ここまでが、音楽文に投稿した内容。
久しぶりに読み返してみて、“Lonesome Death Of Hattie Carroll (ハッティ・キャロルのさみしい死)"が自分に入ってきた時の事が気になった。
ディランという人は「ライク・ア・ローリング・ストーン」よりもっと前から「どんな気がする?(How does it feel?)」を世界に突きつけていたのかもしれないな。
