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moyow
窮屈な文章を書いていた
原稿を書いた後に文章を削る作業が好きです。
見直したときに「ここの言い回し無駄だな」と思うとどんどん削ってしまいます。
仕上がった原稿は一見すっきりしているように見えます。
ただ、最近それでいいのか疑問に思うようになりました。
とあるnoteで「理路整然とした文章はつまらない」という意見が書いてありました。
たしかに、と思いました。僕の文章がそこまで理路整然としているかはさておき、なんの遊びもない文章はつまらない。
僕はXでわりとかしこまった感じでポストしています。これももしかしたら真面目ちゃんでつまらないのかもしれません。
なんだろ、無駄を省いたり正しい日本語を使おうとしたり意識すればするほど、ぎゅっと幅が狭まって自分がつまらなくなっていく感覚があります。
少し話は逸れますが、人って社会人になるとつまらなくなる気がします。
学生時代は尖っていて面白いな~と思っていた人だって、社会で揉まれて大人としての常識を身につけると丸くなります。
遊びがなくなるって、つまらないんですよね。正しいって、正しいけど窮屈なんだと思います。
だから、今後はnoteもXのポストも自分なりの“無駄”を入れたい。原稿にも遊びを入れたい。
考えすぎず、もうちょっと自由に書けたらいいなと思います。
