第19回:MV制作に力を注ぐ意味
アルバム「Funktown」の曲がすべて完成した。
ここまで来たら、一段落。
そう思うはずだった。
でも、自分の中ではまだ終わっていなかった。
一番力を入れたかったのは、ミュージックビデオだった。
まずは、今1番の新作はこちら
手薬煉ヲ引ケ
前作「Falling Petals」でも、
ショート動画用に1分ほどの映像は作っていた。
ただ今回は違う。
全部の曲は難しくても、
何曲かはフルサイズのMVを作ろう。
最初からそう決めていた。
なぜ、そこまで映像にこだわったのか。
正直に言うと、
Sunoを使えば、良い曲そのものは作れる時代になったと思う。
もちろん、それは簡単という意味ではない。
自分が納得する一曲を作るまでには、
何十曲、何百曲と試行錯誤を繰り返している。
それでも、AIによって、
個人でも高いクオリティの音楽を作れるようになったことは間違いない。
だからこそ、
僕は考えるようになった。
「曲が良い」だけで、
本当に伝えたいものは届くのだろうか、と。
「Funktown」は、
自分でも納得できるアルバムになった。
でも、
頭の中にある街の景色や、
登場人物たちの表情、
物語の空気感までは、
音だけでは伝えきれない気がした。
AI音楽が当たり前になり、
毎日のように素晴らしい曲が生まれていく。
そんな時代だからこそ、
曲の外側にある世界まで含めて作品にしなければ、
自分が本当に表現したいものは伝わらない。
AIだからこそ、
世界観は以前より重要になった。
そう思った。
だから、MVを作ることにした。
実際にやってみると、
想像以上に地道な作業だった。
AIで生成される動画は、
8秒程度。
その中で、
本当に使えるカットは、
3秒あるかどうか。
何度も生成し、
切り出し、
並べ替え、
また生成する。
その繰り返しだった。
時間は、とにかくかかる。
でも、
編集を続けていると、
ある瞬間がやってくる。
「ああ、これだ。」
そう思える瞬間だ。
音楽と言葉、
掌編やイラストで積み上げてきた世界が、
初めて動き始める。
頭の中にしかなかった景色が、
映像として目の前に現れる。
その瞬間、
ようやく一つの作品になった。
そんな感覚があった。
今も、
もう一本のMVを制作している。
それが完成したら、
この「Funktown」という世界は、
ようやく一区切りになるのかもしれない。
そしてまた、
次の作品へ向かっていこうと思う。
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