空を埋め尽くした赤とんぼを、私たちはもう知らない。ー「綺堂むかし語り」ー
岡本 綺堂(おかもと きどう)明治5年・1872年-昭和14年・1939年:日本の小説家、劇作家。『半七捕物帳』で知られている。
「綺堂むかし語り」、文明開化を経て急速に変わりゆく東京の姿を、静かに見つめた随筆から。
綺堂が見た、消えた東京の原風景「赤蜻蛉」
綺堂は麹町元園町に約30年住み続けました。彼が幼い頃、そこはまだ町並みが整わず、いたる所に草原が広がり、蛇や狐、兎も姿を現す場所だった。
特に印象的なのは、秋の空を埋め尽くす「赤とんぼ」の描写。
北の方から無数の赤とんぼがいわゆる雲霞の如くに飛んで来る。これを手当り次第に叩き落すと、五分か十分のあいだに忽ち数十匹の獲物があった。
「雲霞(うんか)のごとく」。 現代の私たちが、公園で数匹の赤とんぼを見つけて「あ、秋だね」と喜んでいるのとは、次元が違う。竹竿を振れば、数分で数十匹。空そのものが赤く震えているような、圧倒的な自然の厚みがそこにはあった。
「便利」と引き換えに手放したもの
綺堂はこの随筆の最後を、少し寂しげな言葉で結んでいる。
わたしは昔の元園町がありありと眼の先に泛んで、年ごとに栄えてゆく此の町がだんだんに詰まらなくなって行くようにも感じた。
町が整備され、番地が整理され、近代化が進む。それは喜ばしい「発展」であるはずなのに、綺堂の目には、町が均一化され、野生の息吹が去っていく様子が「詰まらない」ものに映ったのだ。
私たちが今歩いているアスファルトの下にも、かつては狐が走り、蝙蝠が舞い、子供たちが草鞋を振り回して遊んだ土があり、高層ビルで見えなくなった空の向こうには、かつて雲のように押し寄せる赤とんぼがいた。
記憶のバトンを受け取る
綺堂の文章に触れるとき、私たちが感じるのは単なる「古臭さ」ではなく、切ないほどのノスタルジーだ。それは、私たちが生まれる前に失ってしまった、豊かさへの憧憬かもしれない。
街はこれからも変わり続ける。でも、ふとした秋の朝に、綺堂の言葉を思い出しながら空を見上げてみる。それだけで、無機質な都会の景色が、少しだけ奥行きを持って見えてくるような気がするはずだ。
あなたの住む街には、かつてどんな「赤とんぼ」が飛んでいたのだろうか。
