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『源氏物語』花と衣と彩りと + 英訳 1.桐壺(2)[萩]月、消えた音、流れる連花

【あらすじ】 

輝くばかりの美貌で、並々ならぬ利発さをお示しになる愛らしい皇子ー光源氏の君を御産みになり、御息所となった桐壺の更衣は、女御さまやそのご一族、関係者の新たな妬みを一身に受けることになりました。帝は、光源氏の君の3歳のお祝いを、弘徽殿の女御のお産みになった一の宮にも劣らず盛大に催され、それがまた、東宮選定への疑惑を招きました。更衣は心労のあまり病がちとなり、何度も宿下がりを願い出ます。しかし、帝はお傍から離そうとなさいません。とうとう病が重篤なものとなり、母君が涙ながらにお願いして、こっそり御所を離れることになりました。

【原文】

いとにおひやかにうつくしげなる人の、いたう面痩せて、いとあはれと物を思ひしみながら、言に出でても聞こえやらず、あるかなきかに消え入りつつものし給ふを御覧ずるに、来し方行末をおぼしされず。

帝から見た更衣のご様子です。匂い立つように美しい女性であるのに、ひどく面やつれして、何か話しているのに言葉も聞きとれず、このまま消えてなくなってしまうのではないか、この先のこと未来のことが全く思い浮かばない、と絶望されている場面です。

思いつく限りの約束をしてお聞かせになるのだけど、更衣はご返答もおできになれません。帝は人の手で引く車を特別に手配して差し上げましたが、病という穢れに触れることは禁忌ですから、腕に抱くわけにもいきません。

死別は想像するだけでも辛い、死ぬときは一緒だといつも言っていたことを思い出して、「さりともうち捨ててはえ行きやらじ」(まさか、私を捨てて逝ってしまうわけではないだろうな)とまで仰るので、更衣はそのお言葉の並々ならぬことに、息も絶え絶えに

「限りとて わかるる道のかなしきに いかまほしきは命なりけり」

こうしてご身分ゆえに限りがあり差し障りがあるため(本当は死は穢れであるため口にはできないけれど自分の命が今日限りに絶えようとしているため)にお別れしなければならないのが、私も悲しいのです。一緒に行きたいし、命長らえて、あなたと生きたいのです、と振り絞るようにお歌を返されます。

帝はその晩一睡もなさいませんでした。使者が夜中過ぎに更衣がお亡くなりになったと伝え、お心を痛めるあまり、そのままお籠りになったのでした。

その後、何日経っても心が晴れることはなく、亭子院が描かせた長恨歌の絵を日夜ご覧になって、和歌や漢詩にしても玄宗と楊貴妃の悲恋の世界に浸っておいでになります。「絵にかける楊貴妃のかたちは、いみじき絵師といえども、筆限り有りければ、いとにほひ少なし。大液芙蓉、未央柳もげに通ひたりしかたちを、唐めいたるよそひはうるはしうこそ有りけめ、なつかしうらうたげ成しをおぼし出づるに、花鳥の色にも音にもよそふべき方ぞなき。」とあるように、楊貴妃は絵でしか見たことはないが、高名な画師であっても絵では匂い立つような美しさを伝えることは難しい。楊貴妃は芙蓉、柳にたとえられるが、確かに桐壺更衣もそのようなご容姿で、唐を思わせる衣装を着てもとてもよく似合うのだが、そのうえに愛嬌よく可愛いご様子で、彼女の前では、どんな花の色も鳥の色も、管弦の調べも褪せてしまう。

帝は御息所を女御にできなかったことを悔やみ、死後ではあっても、位を三位に上げて差し上げます。それを心よく思わない方々もあったけれども、中には、桐壺の更衣が性格の良い、優れた人だったと思い返す者も大勢いて、そうした人々と思い出話をすることを心の慰めとされていらっしゃいます。

靫負の命婦もそうした人々の一人でした。ある日、帝は命婦を御息所の母君のところにつかわします。母君の邸には皇子である光源氏の君もいらっしゃいました。

さて、ここは源氏の名場面として描かれることの多い場面です。

【原文】

野分立ちてにはかに肌寒き夕暮の程、常よりもおぼし出づること多くて、ゆげいの命婦といふを遣はす。夕附夜のおかしき程に出し立てさせ給て、やがてながめをはします。かうやうのおりは、御遊びなどせさせ給ひしに、心ことなる物の音を掻き鳴らし、はかなく聞こえ出づる言の葉も人よりはこと成しけはいかたちの、面影につと添ひておぼさるるにも、闇のうつつには猶おとりけり。

命婦かしこにまかでつきて、かど引き入るるよりけはひあはれなり、やもめずみなれど、人ひとりの御かしづきに、とかくつくろひたてて、めやすきほどにてすぐしたまひつる、やみにくれてふししづみたまへるほどに、草もたかくなり、野分にいとどあれたるここちして、月かげばかりぞ、やへむぐらにもさはらずさし入れたる、

野分めいて、急に肌寒くなり、いつもにまして思い出しになることが多く、帝は靫負の命婦を呼ばれる女官を更衣の母の邸へお遣わしになられました。月が美しい夕暮れのことです。こうした趣のある時間はいろいろな楽器を奏でて楽しんだものだった、と帝は更衣との思い出に浸ります。更衣は琴も上手で、ふとお耳に入れる歌の句も秀でていました。その面差しが幻のように寄り添っていてくれるようにも感じられるのですが、それは「闇のうつつ」*(闇の中の現実)よりもまた儚いものでした。
*「ぬばたまの 闇のうつつは さだかなる 夢にいくらもまさらざりけり」(古今和歌集巻13 読み人しらず)(闇の中の現実は、はっきりした夢よりたいして変わりない)

御息所の母君は、娘を入内させている間は娘に恥ずかしい思いをさせないように、実家として屋敷の外回りを小ぎれいに整えていたのですが、娘が亡くなった今は、悲しみのあまり、庭の手入れもできず、雑草の丈も高くなり、さらにこの暴風で荒れてしまったようで、月の光だけが誰も来ない荒廃した邸にまっすぐに差し込んできています。

嵐の後の無音の庭。宮中のような管弦の音色は元よりありませんが、往時の栄光を知る前栽の花々が今は形をとどめることなく葎の中に埋もれ、月がそれを照らしているのです。命婦は思わず、落涙したでしょう。

少し英訳を見てみましょう。ロイヤル・タイラーによる新しい訳です。(直訳気味に訳をつけておきます)

【英訳】(Royall Tyler訳)

 At dusk one blustery and suddenly chilly autumn day, His Majesty, assailed more than ever by memories, dispatched the gentlewoman dubbed Yugei no Myobu to his love's home, then, after she had left under a beautiful evening moon, he lapsed again into reverie. He felt her there beside him,  just as she had always been on evenings like this when he had called for music, and when her touch on her instrument, or her least word to him, had been so much her own, except that he would have preferred even to this vivid dream her simple reality in the dark.

風が吹き荒れ、にわかに肌寒くなった秋の夕暮、帝はいつにもまして思い出に駆られ、靫負の命婦と呼ばれる女房を最愛の人の実家に遣わしました。そして、美しい月が出た頃、命婦が発つと、再び夢想の世界へ戻られたのでした。帝には傍らに桐壺の更衣がいるように思えるです。このような夕べには音楽の宴を催したものでした。更衣が奏でた箏の音や彼に送った言の葉はいかにも彼女らしかった。しかし、いくらこの鮮やかな夢に浸っていられたらと願っても、彼女の死という現実は闇の中にあり続けるのです。

Myobu had no sooner arrived and gone in through the gate than desolation touched her. The mother had kept the place up, despite being a widow, and she had lived nicely enough out of fond concern for her only daughter, but alas, now that grief had laid her low, the weeds grew tall and looked cruelly blown about by the winds, until only moonlight slipped smoothly through their tangles.

命婦は到着して門をくぐるとすぐに、その荒れ果てた様子に心を痛めました。更衣の母は未亡人でしたが、一人娘を大切に思う気持ちから、邸をきちんと整えて趣味よく暮らしておいででした。それが何ということでしょう。今では悲しみにうち伏していらっしゃって、庭の雑草が草丈高く育ってしまい、あの大風により、無残にも吹き倒されてしまったようです。もつれた草の間を、ただ月の光だけが滑らかに差し込んでいました。

現在進行中のNHK大河ドラマ「光る君へ」では、定子の死によって終ってしまった一条天皇と定子の悲恋が描かれています。一条天皇にも忘れ形見の親王たちが遺されました。紫式部の書いた「源氏物語」は一条天皇の心に寄り添うものだったのです。

萩の花

さて、今回の花は「萩」です。

帝の、更衣の母君に下賜された御歌、

「宮城野の 露吹き結ぶ風の音に 小萩が本(もと)を思ひこそやれ」

涙に明け暮れる宮中で、草木に掛かる露を、野分が容赦なく吹き散らしていく音を聞き、小さな萩が根元から風に煽られる様子を想像すると、若宮がどう暮らしておられるか心配になります。

更衣が亡くなって以来、花は色を失い、管弦の音色も心に響かず、詩歌の美しさも帝の心を打ちません。思い出に浸っても、悲しみを忘れ去ることはできません。そんな御所にも轟音と共に野分が訪れ、容赦なく吹き荒れ、去っていきました。同じ月の光に照らされているであろう、更衣の母の無音の庭には小さな萩、忘れ形見の若宮がいます。

「萩」は国字で、まさに秋の花。幹らしい幹を持たず、何本も伸びた長い柄に小さな葉や花が並んでいます。あるときは、その上に結んだ小さな露が風に煽られ、真珠を蒔くように散らされていきます。また、あるときは月影の下で動きを止め、凛と佇んでいます。そうした萩のある光景は、多くの日本人に歌に詠まれ、絵に描かれ、長く愛されています。



(このページのトップ画像は The New York Public Library のものを使用させていただいております。)







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