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海の国再興譚 ー悪女と腹黒王の契約ー<6>

第6話 ソマリの女友達とやさおとこ

 シーアは海の国オーシアンから二か国離れた国の港を出て、船でソマリに渡った。
 ソマリはオーシアンに隣接する産業の盛んな国であるが、港が小さく輸出に向かない。そのため隣接するオーシアンに関税と港の利用料を払い、多くの産出物を流通させている。

 オーシアンとの国境に近い小さな港に着いたシーアは、桟橋からすぐ見える赤煉瓦の大きな建物に慣れた足取りで入る。
 なじみの総合商社で、ソマリの国でも有数の企業だ。

 シーアはカウンターの向こう側で帳簿片手に、指揮を執っていた女性の名を呼んで手を振った。
「リザ!」
 シーアに呼ばれた女性は顔を上げ、同時にぱっと表情がを明るくする。
 シーアよりも二つ年上の彼女ははっきりとした目と、笑顔が似合う大きな口の健康的な美人だ。

「どうしたの、久し振りじゃない。ちょっと待ってね」
 切りのいいところまで仕事をすると、帳簿を置いて嬉しそうに駆け寄って来る。白いブラウスを着てブロンドの長い髪を後ろにひとまとめにした姿は、事務の熟練者エキスパートである彼女によく似合っている。

 以前はこの商社とも取引があったドレファン一家だが、オーシアンに近付かなくなってからはこちらへも来る機会もなくなった。一年ほど前にウォルターの遣いで一度レオンと訪れて以来だ。

「珍しい格好してるわね。似合うじゃない。お化粧も本当に上手になったわね」
 嬉しそうに微笑むリザに、町娘姿のシーアは自分のスカートを見下ろし少しだけ困ったような顔をして肩をすくめる。各地の娼館のお姉さま方に指導料を払って化粧を習った、とはやや言いづらいものがあった。

 二人して建物を出ると裏の倉庫の前に移動し、外に積まれた木箱に腰を掛ける。
「結婚するんだって? おめでとう」
 シーアは船上では見せないような柔らかい笑顔で言って、男の両手の平ほどの薄い箱を差し出す。
 それはきれいな包装用紙で包まれ、質のいいリボンが掛かっていた。

「それでわざわざ来てくれたの? あら、もしかしてロッティニアのチョコレート? え、こんなに? ありがとうっ」
 チョコレートの産出国の高級チョコレート店の包み声を弾ませ、大仰な仕草で箱を抱きしめて喜ぶリザに、シーアはふわりと優し気に目元を和らげた。

「で? 相手は?」
「ここの社長よ。嫁にしたら私に払う給料が節約出来るんでしょうよ」
 シーアが結婚相手を尋ねれば、リザは笑って答えた。
 その男はリザとは少し年が離れているし、結婚に向いているとは言い難い男だ。シーアは素直に訝しみの表情を見せる。

「あなたは? 今日は男前は一緒じゃないの? 海姫がものすごいいい男を連れてるって、噂になってるわよ?」
 リザは気付かないふりをして声を弾ませた。話をうまくそらされたのは分かったが、リザの人生だ。シーアも野暮を言うつもりはなかった。

「あいつは別件の仕事で来てないぞ」
「残念。またお会いしたかったのに」
 唇をとがらせ、それからふとシーアに顔を寄せて声を潜める。
「オーシアンの隠居した王子様がずっと行方不明だって噂、聞いた?」
 シーアは黙ってうなずいた。

 最後の王子は妾腹の子だ。
 土砂崩れの事故により王位継承権を持つ二人の王子が急死した後、その心労によってか国王も急病により崩御した。残されたのは妾腹の若い王子のみとなり、彼は議会の説得に応じ王位の継承を辞退した。

 政治の実権は議会に移り、王子は田舎に隠居したはずだった。
 田舎の古城に移り、五年ほどはおとなしくしていたらしい。
 しかし王子は三年前、その姿を消した。

「最近またオーシアンの関税や港の使用料が上がったの。これじゃますます船が寄りつかなくなるわ」
 議会が実権を握ってから暴政が始まった。

「王子は他国へ遊学中だって議会は言ってるけど……王政派だった官僚なんかが王子に接触しようとしてるって噂よ。議会の連中がぴりぴりしてるって」
 シーアは黙って聞いていた。

「ずっと前から王子の暗殺説は出てるけど……最近オーシアンの出入国管理が厳しくなったの。特に入国する時は業者も積み荷も細かく検査されるんで、荷が多いと半日仕事だってうちの取引先なんかは文句言ってる」
 リザは意見を欲して不安そうにシーアを見詰める。

「そういう時はだいたい、何かに入国されたら困るって事だな。人なのか、武器なのか……」
 シーアは同じように入国しにくい、いくつかの他国を思い浮かべて言った。入国を異常なまでに警戒する国は、たいてい問題を抱えている。
 リザは自分の考えとシーアの意見が一致しているのを確認して頷いた。

「議会は王子の挙兵を警戒してるんじゃないかって……戦争に……なると思う?」
 リザは一層声を落とし、顔色を曇らせた。
 この国にしてみれば隣の国の内乱ではるが、国交があり、流通で密接な関係のあるオーシアンが荒れるのはソマリにとっても重大な問題に発展する。

「……そうならないように、する奴がいるだろな」
 シーアにしては曖昧で力のない口調にリザは引っ掛かりを覚えて片眉を少し上げる。
 その人物を知っているようにも聞こえたが、リザは追及はしなかった。リザは優秀な商売人である。距離の測り方はわきまえていた。

「せっかく穏便に政権を奪った議会が王子に手を出すのは体裁が悪いし、血なまぐさい事にはならないんじゃないか」
 王子がおとなしくさえしていれば、とシーアは心中で付け加えた。
 リザはシーアの言葉に少しだけ安心し、ふっと息をつく。

「そうね、議会に騙されて国を明け渡した馬鹿王子が、いまさら挙兵なんてそんな大それたことするハズないわよね」
 リザは明るく言って笑った。
「どこに行っちゃったのかしらね、王子様」
 リザの努めて軽く放った言葉にシーアもつられて笑った。

 うん、まぁ、うちの船に乗って「巣」の見物かな。
 今頃こき使われている事だろう。

「リザ! ここにいたのか。邪魔して悪いが、ちょっといいかな?」
 シーアがリザと二人で倉庫の前に置かれた木箱に座って昼食をとっていると、細身の若い男がわざとらしく慌てた様子で近付いてきた。

 シーアは自分よりも幾分年上に見える男をチラリと見てから、切れ目に具材を詰めたパンにかじりつく。
 目を引く金色の髪をきれいに整えた、一度見れば忘れられないような、軟派な優男やさおとこ
 知っていた。
 まさかこんな所で同業系に出会おうとは。

「あら、エミリオ。こんにちは。何かしら?」
 緊張を隠し、リザは愛想よく言う。船の跡取り候補二人が顔を合わせている事態だ。本心の所ではひどく動揺していた。

「食事の邪魔をして申し訳ない」
 男はシーアにとすまなさそうに断ってからリザに向き直る。
海の国オーシアンに入りたいんだが一人だと警戒されて入りにくそうでね。入国予定の業者がいれば紹介して欲しいんだ。心当たりはないかな?」
 眉目秀麗な男は急いでいる風ではあったが、気障ったらしい態は省略しない性質らしい。声を荒げるでもなく、魅力的な笑顔でリザにそう持ち掛けた。

 さすが、ほうぼうの港に女がいる男は違うな。
 シーアは冷めた目でエミリオを見やる。
 エミリオ・スミス。
 海賊スミス一家の首領の跡取り息子だ。
 世界中の至る所で恋人が彼の寄港を待っている、という話は有名だった。

 うーん、とリザは心底困ったような表情を浮かべる。
 その仕草や表情がすべて営業用だとシーアは知っているし、彼も気付いていて付き合っているのだろう。
 女好きで有名な男は、商社の従業員たるリザ態度に機嫌を損ねるような事はなかった。

「悪いことは言わないから、今はやめといた方がいいわ。業者がいないわけじゃないけど、こんな時だから引き受けてくれる所はないし、何かあった時のことを考えたらこっちも紹介出来ないわ。力になれなくてごめんなさいね」
 リザは本当に申し訳なさそうな様子で詫びた。彼女にそう言われれば、たいていの商人達は引き下がる。
 しかしエミリオは食い下がった。

 リザの友達の町娘とでも思われているらしく、彼はシーアが側にいても会話の内容を憚ることはなかった。
 化粧でいくらでも印象の変えられる顔立ちは本当に便利だ。そう自分の化粧の出来栄えに満足して内心ほくそ笑む。

 エミリオは運輸の仕事でオーシアンに寄港し、隣接するソマリの恋人に会う為に出国して戻れなくなったらしい。
 オーシアンの港では彼の船が待っているので何としても入国したい、とそんな事を遠回しに伝えてリザに再度仲介を請うた。
 
 こいつ、すげぇな。 シーアは呆れた。
 呆れを通り越して褒めてやりたい。
 海賊でありながら、こんな絵に描いたような放蕩息子も珍しい。

 手早く食事を終わらせると、シーアは傍らの町娘のお出かけ仕様の巾着のバックから書状を取り出す。養父ウォルターから「いつか使う時があるかもしれないから」と以前から持たされている書状だった。 
「海賊のお兄さん、100万でどう?」
 シーアはオーシアンへの入国許可証を見せ、不敵な笑みを浮かべたのだった。
 
 エミリオはそれを見て大いに戸惑う。
 町娘の姿をしているが、凶悪と言ってもいいような笑みを浮かべる若い娘。これまで多くの女を相手にしてきたが、こんな笑みを浮かべる女は初めてだった。

「名前以外は本物だよ。ちょっとした伝手つてがあってね」
 ただし、シーアの持つ入国許可証は夫婦用である。
 リザには止められたが、エミリオとの交渉は実に短時間で成立した。

 持ち合わせがないので代金は船に戻ってからというエミリオに「船に着いたら刺されたりしそうだなぁ」とその時だけはシーアも難色を示したが、「女性は傷つけない主義だ」と言うエミリオにリザが実に不服そうに太鼓判を押した事で成立した。
 そして。
 
 いや、もう本当に。
 ほうぼうで女をだまくらかしてる男は違う。

 シーアは心底感心した。
「親族の結婚式に出席するための旅」を演じる事になったが、シーアは夫役を務める彼の演技力と口のうまさに舌を巻いた。既婚女性らしく髪を上げ、目つきの悪さを和らげる人畜無害の妻の化粧でただ笑っているだけで事足りてしまった。
 入国が厳しく管理され、荒みつつある国に「親族の結婚式で」入国なんて信ぴょう性に欠けるか、と少なからず心配したのだが。

 まさかこんなにラクに入国出来るなんて。
 シーアが肩透かしを食らうほどに、優男の活躍によりいともたやすく入国出来てしまった。
 そのおかげでシーアは想定していた以上に、海の国オーシアンを視察する時間を確保する事が出来たのだった。

#創作大賞2025 #恋愛小説部門  
♯ハイファンタジー

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