海の国再興譚 ー悪女と腹黒王の契約ー<7>
第7話 巣でのお仕事
ドレイク号の船員達が言う「巣」は、ドレファン一家の故郷である島近くの海域にあった。
「あそこだ」
あそこに着岸は不可能だろう。ギルにそう言われたレオンは、そう思わずにはいられなかった。
各国の航行ルートから外れた辺鄙な場所にぽつんと巨大な岩山が浮いているように見えるそこ。岸壁の切り立った岩場でしかない。
苦労して小舟を寄せても、着岸と同時に岸壁をよじ登る羽目になる。
一見して無人島だと思った。
着岸も出来ないような島で、どうやって船の修繕をするのか……内心首をかしげていると船は島を回り込み、そこでレオンは目を見張る。
海が、島を分断していた。
浸食だろうか、渓谷を流れる川のように海が島の中央を二つに分断している。
満潮を待ち、ゆるやかな海流に逆らうように渓谷に船を進み入れる。船の幅と渓谷は多少の余裕しかないうえ、岸壁はドレイク号を隠してなお、高い。
威圧感と緊張に、足がすくみそうになるほど圧倒された。
浅瀬や水路幅が狭い場合、流れは速くなる。操舵には高度な技術が必要なのは明らかだった。
舳先ではウォルターが垂直に切り立った岸壁を何かを見定めるかのようにじっと注視している。
ギルは操舵士である父親の傍でじっと操舵輪を回す様子をうかがっていた。一度は失敗したらしい。
そのまま通過し、島を回って海上にて待機の時間があった。
再度船を進み入れ、やがてふとウォルターの右手がさっと上がる。同時に錨が降ろされるとドレイク号は島に挟まれるようにすっぽり収まった。
島の内側からだと、かろうじて小舟が着岸出来る場所が見られた。
先に到着していた島からの応援の小さな船の上で、少女が手を振っている。
「レオン! 久し振り!」
縄梯子を登って甲板に顔を出した少女を引っ張り上げてやると、少女は屈託なく笑う。それは太陽のように眩しい笑顔だった。
ウォルターの実子で、血のつながりこそないがシーアの四つ年下の妹サシャだ。その愛らしい顔立ちは母親譲りだと、なぜかシーアは自慢気に言っていた。
シーアがいかにこの妹を可愛がっているかありありと見て取れ、レオンは苦笑したものだ。
「シーアから預かりものだ。サシャ、誕生日おめでとう」
もうすぐ十四歳になる彼女に、レオンは綺麗な箱を二つとその上に贈答仕様の可愛らしい巾着袋一つ乗せて手渡した。
箱はシーアがリザに贈ったものと同じロッティニアのチョコレートの包みであり、サシャも黄色い声を上げて受け取るとレオンに礼を述べた。
リボンに挟んだ飾り気の無いカードには、中央に義姉の堂々とした字で「大きい箱はみんなで食べること。小さい箱は一人でこっそり食べてよし」とある。
滅多に食べられない物なので島の少女達と一緒に、という配慮がさすがだと思った。
そして下の方の余白に小さく「キャンディはレオンから」と走り書きで添えられていた。彼が自分からは言い出しにくいであろうと、慌てて書き加えたのだろう。
相変わらず男前なんだから。サシャは内心小さく笑った。
「さ、着いて早速だけど仕事、仕事。ロープは山の上に準備してあるから、どんどん繋いでね」
十四歳のサシャはまわりの大人達を真似るように言うと、ギルを見付けて跳ねるようにそちらへ駆けて行った。
甲板の手摺り部に等間隔に横一列に並んだ不可解な小さな穴。その謎がようやく解けた。
山の上からロープを投げられ、それをその穴に通して結び付ける。
ゆとりを持たせろと先輩の船員達には教えられた。
それを二十人足らずで右舷、左舷とも各五十本ずつ。
百本ものロープで山の頂上から繋がれた船は圧巻であった。
作業が終わると「二時間は休憩だ」と、みな思い思いに過ごし始める。
干潮までは六時間足らず。
海面が下がって行くにつれ、普段は海水に浸かっている船底が徐々に空気に晒されるていく。それに合わせボートに乗り換えた船員達が、付着した貝や海藻を取り除く作業に取り掛かる。
時間が経つにつれ、山の上から張られたロープが余裕をなくしてぴんと張る。
甲板では余裕がなくなったロープを一旦ほどいては余裕を持たせる、という作業が延々繰り返されていた。
やがて船底に鈍い衝撃。
まさかとは思っていたが、やはり座礁させるのが目的なのだと思った。
船大工達は引き潮と共に現れていく船底を、露出した部分から点検していた。
潮が引き切った時、レオンは息をのんだ。
水深2メートル足らずの遠浅になり、海底から牙のように露出した大小さまざまな岩が船底を支えている。
船台に乗った形となった船の船底と海面の高さは、ほとんど同じだった。
だから「巣」かと納得した。
ウォルターや操舵士は岩の状態を記憶しているのだろう。
これだけ的確な位置で停泊させる技術は、海の国の船乗りでも適わないかもしれない。
大量の荷を下ろしたのは少しでも船を軽くして定位置に着く前に船底を衝突させないためであり、多数のロープは万が一、船が傾いた際に備えての固定用だ。
レオンが言葉を失っている姿に満足そうな笑みを浮かべたウォルターは、彼を船室に呼びつけた。
「どうだ? 最近は」
ウォルターは自身について部屋に入ったレオンに軽い調子で尋ねる。
「準備も整ってきたので、そろそろ詰めに入ろうかと。もう少しここで学びたかったのですが」
居住まいを正し、レオンは寂しげに言った。
議会と渡り合うだけの人材、情報を確保した。不要な人材や勢力を排除する為の材料が揃った。
「そうすりゃいいじゃねぇか、と言いたいところだがそうもいかんか」
「はい」
はっきりと答える男に、本当に惜しいなとウォルターは思う。
「お前にならうちの娘をくれてやっても良かったのになぁ」
ウォルターの言葉に一瞬レオンは動揺に心が大きく揺さぶられた。
同時に動揺した自分に、動揺する。レオンはそれらを瞬時に抑えつけ、平静を装って笑みを浮かべた。
「国の職員としてなら、二人とも喉から手が出るほど欲しい人材ですけど」
なんとかそう答える事が出来た。シーアとサシャのどちらの娘か、などは頭から追い出した。
ウォルターはそんなレオンの本心を求めてじっと見つめるが、すぐに諦めた。
「待ち合わせはもう決まってるのか?」
「ジキタスの港から帰国する予定です」
こういう時に素直に答えるレオンを、ウォルターはいつも好ましく思う。
「よし、そこまで送ってやる」
これまたいつも通り簡単な事のように軽い調子で告げるウォルターに、レオンは深く感謝し頭を下げた。
船の修繕は予定通り、大潮を挟む三日で完了した。
「キャンディありがとー」
島から手伝いに来ていた人間が一足先に島へ帰るのを見送るなか、小舟に乗ったサシャから叫ばれ、手を振られた。
もう会う事もないであろうサシャに、レオンもまた大きく手を振って答えたのだった。
下船していた船員との待ち合わせの港までは往路と同じく五日がかりの航海となったが、到着した港にシーアの姿はまだなかった。
レオンはそれを気にする暇もなく、船員総出で倉庫に預けていた荷物を積み込みなおす作業に駆り出される。
「船長、お嬢から荷物が届いていました」
そんな中、貸倉庫の持ち主との手続きをしていたギルが小さな箱を持ち帰った。
梱包を解いて箱の中を一瞥したウォルターは自身に宛てられた手紙だけを取ると、残りはレオンに押しつけるよう渡す。
中を確認したレオンはぎょっとした。
そこには彼女の短剣が二十本ほど。彼女がほとんど武器を持っていない事を知ったレオンは眉間を曇らせて表情をこわばらせた。
荷物発送の窓口となった機関が押す印は、以前シーアに紹介されたソマリのリザが働いている総合商社のものだ。
『海の国に行く。
出航には間に合わないかもしれない。
そのうち帰る。』
ウォルターは短い内容がしたためられたそれをたたんで懐に仕舞う。
「遅れるかも、だとさ」
こちらを伺ってくるレオンに、ウォルターは肩をすくめてごく軽く告げた。
入国者の監視の厳しくなったオーシアンに入るためシーアは武器を持てず、もったいないという理由で手紙のついでに手元に戻るように手配したのだろう。
まだ何か問いたそうな様子のレオンに気付いたがウォルターは気付かないふりをした。
休暇を終えた船員達が続々と戻る中、最後までシーアが戻る事はなくドレイク号は予定時刻通りに出航したのだった。
