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海の国再興譚 ー悪女と腹黒王の契約ー16

第16話 どいつもこいつも好き勝手言う


「妹に先を越された上、島には男がいなくなったって、なんか悲惨だな……」
 気がいいのか口が悪いのか、判断に困る発言をするグレイを、サシャが食いつくような勢いで振り返る。

「腕のいい漁師の知り合いとかご存じないかしら? ここならいっぱいいそうだけど」
「俺は内陸の出身だからな。それならうちの上司の方が詳しいが━━なんかいいの、いないっすかね。海軍の船に乗ってて、漁師に転向したい上官クラスの男とか。あ、でも海姫なんて紹介したらむごいか……」
 グレイは律儀に上司で元帥も務めるオズワルドに問いつつ、言い終える頃には顔をしかめていた。
 サシャの軽い物言いについ乗りかけて、冷静になったようだ。

 真剣に検討しているらしい彼等を見て、シーアは笑う。
「真剣に結婚相手探してるワケじゃないって。要はわたしが船を降りるって事実が広まればいいんだ。わたしがいると船員の士気も下がるしな」
 シーアは肩をすくめ、レオンは一瞬意外に感じた。しかしすぐに思いなおす。
 確かに、それはあるのかもしれない、と。

 ドレファン一家の「海姫」の天賦の才を求め、仕事の依頼は多い。
 船員の中にさえ「シーアがいるからどんな海でも航海できる」という意識の者もいた。
 そんな中いずれ彼女が船を降りた後、ドレファン一家はどうなるのか、存続できるのか━━
 そんな疑念や憂慮をウォルターやシーアは抱くようになった。

 彼等は各国の航海ルートから外れた、荒い海流の奥。決して大きくはない島で、自給自足する生活を送っている。
 危険を冒して島に渡っても何も得るものがないような島だ。そのためこれまで侵略されることもなく、長きに渡り平和な暮らしが営まれていた。

 島で賄いきれない物資は島の外から購入し、その外貨獲得のために海へ出て働くドレファン一家の衰退はすなわち、島の衰退に直結する。
 海姫という存在がなくとも、請け負う仕事に支障のない事を証明する必要性が出てきたのだ。

「一人で漁師でもするつもりだったんだが、だったら船に乗れと個人的に依頼が来ても困るし、結婚したって大義名分でもありゃ面倒も言われないだろうと思ったんだが……」
 そこで初めて彼女は息をついた。

「海姫をもらおうなんて男、そうそういるハズないじゃない。仕事ばっかしてるからよ。そんなだから、言い寄ってくるのは女ったらしの海賊の跡取りやら辺境の王族とか、悲惨な事になるのよ」
 サシャは姉の不甲斐なさに本当に腹を立てているようだった。

「初めて会ったような奴と結婚する位なら、レオンに雇ってもらったらどうだ? ここならいくらでも海の仕事があるだろ?」
 それまで沈黙を守り何やら思案していたギルが不意にそう漏らし、「どうにかならないか」という顔で国王を見た。ギルにとってシーアは昔から大切な妹分なのである。

 ドレファン姉妹はそろって「あ」という顔をした。
「それいいわ、ギル! ここなら安心だし、簡単に会いに来られるもの」
 サシャは惚れ惚れと夫を見上げる。

 シーアは口元に手をやって「悪くないかもしれない、が。この仕事の後にそのままここにいるのもまずくないか?」と何かぶつぶつと漏らし、「いや、でも、海姫を雇うってのは対外的に問題あるんじゃないか?」とグレイが冷静に口を挟んだ。
 それぞれが意見を主張しながらも、ほとんど他人の意見を聞こうとしない混沌とした空気が広がる中、ポツリと声が落ちる。

「いない、ことはないんだよなぁ」 
 それまで沈黙していたウォルターの声は驚くほどよく通った。

「まぁ……そうですね。本人次第ですかね」
 ウォルターの言葉にオズワルドも何やら同意しているが、シーアは不可解な会話をする二人に熟考の邪魔とばかりにうるさげに手を振った。

 そしてそれは、突如そこに響く。

「だったら俺にしとけばいいじゃないか」
 海の国オーシアン国王は事も無げに言い放ったのだった。
 グレイは愕然とし、ドレファン一家の新婚夫婦は目を剥いて硬直した。

「一般の漁師から選ぼうなんざ、むこうに迷惑がかかるってもんだ。俺なら納得するだろう」 
 それは自信に溢れた顔だった。
 これだから顔のいい男は。

「馬鹿かお前は」
 シーアは幾分蔑むように鼻で笑い、吐き捨てた。
 かつて船上で相棒だった頃、そんな調子で彼を小馬鹿にしてからかう事もあった。
 だからこそあの頃と変わらず、軽く受け流したシーアのその右手が取られる。

 迂闊にも手を取られ、鍛えられたシーアの勘が本能的に危険を察知した。
 慌てて手を引こうとするが、思いのほかしっかりと握られていて取り返せない。
 無言で激しく引っ張り合いをしている間に、右手をつかんだ見目麗しい国王は無駄に優雅な、流れるような動きで片膝をつく。

 室内にいた全員が「まさか」と思った瞬間、レオンは互いが引っ張り過ぎて皺が寄ったシーアの手の甲に口づけて黒い瞳を見上げた。

「我が伴侶に」

 お互い渾身の力で引き合う状況に両者の手はぶるぶると震えていたが、それでも口づけを落とす国王の姿は実に優美であった。

 ━━言いやがった!
 グレイは血の気が引くのを感じた。
 止める間もなかった。

 あまく、とろけるような、眩暈さえ引き起こしそうなまぶしい笑顔を向けられたシーアだったが、動じる様子は微塵もなかった。
 普段、海王の常軌を逸した言動に振り回されているシーアは悲しいかな「突発的衝撃発言」というものに対して耐性がついていたのである。

「お前なぁ、こんな時にふざけてんじゃねぇよ」
 乱暴に右手を取り戻したシーアは、赤くなった手を振りながら心底馬鹿にしたような口調でげんなりと言う。それはそのままグレイの心境を代弁してもいた。

「お前ならいくらでも寄ってくるだろうが。昨日だってお前、次から次へとご令嬢が挨拶に来てたじゃないか。あの中から選べってことだろ?」
 これ以上は言い過ぎか、とシーアは一瞬迷った。
 この男が望むのは、実は愛情ある家庭だと知っている。だが王位に就くのを選んだのは本人だ。よってそのまま続ける。

「それくらいの覚悟は出来てるだろ」
 ひどい事を言っているという自覚はあった。

「昨日?」
 グレイがふと気になる単語を聞きつけて顔を険しくする。
 昨日は式典の前夜祭として夜会が行われた。
 確かにそれは王妃選びの意味合いも大いに兼ねていた。

「ちょっと下見に来たんだ。おっさんばっかりの式典より、ご令嬢がわんさかいる夜会の方が入り込みやすいもんでね。三曲くらい踊ったぞ?」
 シーアはは悪びれもせず言った。当然彼らの視界にも入ったはずだが、それは黙っておく。

「おま、なんでお前踊れるんだよ、絶対ぼろが出るだろうが」
 相手がいるのだ、会話をしないわけにもいかないだろう。
 そう動揺するグレイに、シーアは勝ち誇ったように笑んだ。

「昔こいつに習ったんだ」
 立ち上がったレオンをシーアは顎で示す。

「なんでも呑み込みが早いからな。教え甲斐があった」
 レオンも事も無げに、むしろなぜか自慢するかのように微笑を浮かべて言い放つ。
 グレイは膝から崩れ落ちたい心境になった。

「明日は反省と対策会議だな。私は出られないからグレイ、頼んだよ」
 元帥たるオズワルドがため息交じりに部下に丸投げを宣言する。ただでさえ山積みの問題を抱え、明日から忙しくなるのだ。ここは優秀な部下に仕事を振るのが得策と判断してのことだ。
 オズワルドは「ふむ」と小さく唸った。
 ここで一つ問題を片付けておくのもいいかもしれない。

「シーア殿、まじめな話うちの陛下いかがです?」
 宰相まがいの男の言葉である。
 それにはさすがにシーアもぎょっとした。
 だがそれ以上に慌てたのはグレイだった。

「意外と問題ないんですよね。シーア殿は五年前と今日と、一度ならず二度までもこの国に貢献した功労者です。人気はあるんですよ。海にゆかりが深いのも趣がありますし、の国に海姫とはお似合いかと」
 金の海からの帰還にドレファン一家の力添えがあったことは非公式ではあったが、海運・漁業関係者の多いこの国ではそれは公然の秘密だった。

「日常会話ならたいていの国の言葉が聞き取れるし、社交界の儀礼マナーも俺が仕込んだからな。今更あせらなくても夜会に潜入してバレないだけの技術は持ってる」
 オズワルドの言葉にレオンも重ねて頷いた。

「黙れよ」
 シーアは低く唸った。
 仕込んだとか言うな。

 ドレファン一家の新婚夫婦は突然の極論に思考が十分回らず、「それもありなのかもしれない」と投げやり気味に意思表示を放棄していた。
「ちょっと待て、常識で考えろって。それなら側室とかでもいいじゃねぇか」
 唯一の常識人となったグレイが口を挟み、常識派の援護はありがたいとは思う。
 だがしかし、惜しい。
 動揺して咄嗟に口に出たのだろうが、それはなかなかに下衆げすな発言だった。

「いや、お前、それもひどい言い様だぞ。お前らもう少し考えろって」
 グレイの無神経すぎるあんまりな言葉にシーアが思わず言い返し、さすがに本気で助言する。
 その脇で当人であるレオンが眉間を曇らせ、実に嫌そうに口を開いた。

「俺は側室はとらない」
 国王とは十年来の付き合いになるグレイは「そうだった」と額を押さえ落胆の色を示し、対してシーアは軽く鼻で笑った。

「立派なこった。もういい年だろ、そろそろ周りを安心させてやれよ」
 言ってから、ふと口元に左手を当てた。
「だから求婚したんじゃないか」
 レオンのその反論は思考に邪魔だったので聞かなかった。どうせ大した内容ではないだろうと。
 
 周り、か━━
 左の口角の上を親指の腹でなぞりながらシーアは視線を落とし、その様子を見た新婚夫婦は直感した。
 あ、また何か良からぬことを企んでる。

「そうか、うん。それは━━案外いいかもしれないな」
 床と目の間の宙を見詰めていたが、ふと片方の口角だけ上げて笑む。

「よし、一年ほど婚約しよう」
 シーアはぱっと顔を上げ、断言する。
 そこには自信に満ちた笑みがあった。

「この際だ、焦ってないなら一年ほど婚期が遅れてもいいな? 会食3万、夜会5万、式典10万。功績に応じて臨時手当も支給してくれ」
 シーアは朗々と告げた。

 ダーシャス件に関する情報提供と、その周辺の不穏な動き。そのカタがついたら婚約解消を発表する。
「常識で考えたら無理でした」で世間は納得するだろう。
 海姫は傷心のあまり島に帰り、引きこもる。
 海を恨み、船乗りとしては使えなくなるという筋書きだ。

「完璧だろう」
 説明し、そう胸を張るシーア。
 それとは対照的に、そこにいた全員が押し黙った。

 失恋による傷心で引きこもり……海姫を知る人間であれば信じないと思う。そう思ったサシャだったが、ひとまず沈黙を守るに徹する。

「それだと俺がものすごいクズに聞こえるんだが」
 レオンは不服そうに異議を唱えた。
「話し合いで穏便に別れたことにすればいいじゃないか。お前そういうの得意だろ?」
 そう言ってシーアはまた鼻で笑い、勝ち気な笑みとともに続ける。

「その間、ここでわたしが出来る事をやってやるよ」
 シーアという人間の実力を知るレオンにとって、それはとても魅力的な提案だった。

「まぁ、好きなようにやってみたらいいじゃないか」
 ウォルターは実に無責任に許可を出す。決まりだと言わんばかりで、事実それが決定の合図だった。

「うちも養女がいるんですが、どうやったらあんな女性に育つんです?」
 オズワルドはシーアに視線を向けたまま、隣でソファに身を投げたままのウォルターにそっと尋ねた。
 大切な友の娘を訳あって養女に迎えた彼は、思いがけず見つけた反面教師に確認せずにはいられなかったのである。可愛い養女には絶対こうはなってほしくないという、強い願望だ。

 ウォルターは少し考えて口を開いた。
「ずっと男所帯だったからなぁ」
 大真面目な態度だったが、オズワルドはそれは違うだろうと思った。

 ◆◇◆

「じゃあしばらくは陸暮らしか。まぁ励めよ」
 別れる際、ごく軽くウォルターは言った。

「その頃にはマックスも走れるようになってるんだろうなぁ。ニナによろしく言っといて」
 シーアの方も継母への伝言だけだった。

 ウォルターの後妻ニナと、昨年生まれたマックスはダーシャス邸にてそこそこ恵まれた軟禁生活を送っていたという。
「マックスなんて血色良すぎて逆に驚いちゃったわよ。海の国の人間に海姫の脅迫は効くわね」とサシャは苦笑して肩をすくめた。

「何かあったら言ってくれ」
「無茶しちゃだめよ」
 妹夫婦はそう気遣う様子で言って、シーアを残して引き揚げて行った。
 個々で離れて仕事をするのは今に始まったことではない。
 特にシーアは女ならではの仕事に重宝され、色々な仕事に駆り出されるので職場を転々とする事が多く、いつもとさほど変わらぬ調子で別れた。

「姉さん、泣いてたわよね」
 オズワルドが手配した馬車に揺られながらサシャは父に言った。その言葉は彼女にしては珍しく棘があった。

「少しは良心が痛んだ?」
 鋭く刺すような、責める口調であった。
「まぁ、少しは……」
 ウォルターは叱られた子供のように、居心地が悪そうにもごもごと小さく言う。

「お前は泣かなかったな」
 取り繕うようにダーシャス邸での再会を引き合いに出した。
「死んだって聞いた時にさんざん泣いたもの」
 つい、と車窓に視線をずらした娘の様子に、ウォルターの目が細くなる。
 娘二人に時間差で詰られた彼は表にこそ出さないものの、たいそう喜んでいた。
 そんな義父に気付いたギルは、困ったものだと内心ため息をつくとともに呆れ果てたのだった。

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