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海の国再興譚 ー悪女と腹黒王の契約ー23

第23話 そうだ、チーズ買いに行こう  その1

 ある日、国王レオニーク・バルトン直々の指示に王城の護衛隊の長であるグレイは心底嫌そうな顔をした。
 レオンのそれは、正しくは「依頼」だったが。

「なんでわざわざ山までチーズ買いに行くんだよ」
 行き先は北方の丘陵地帯にあるカリナ・クロフォードの生家だという。
 しかも国王の婚約者シーアと、宰相まがいのオズワルド・クロフォードの養女カリナが同行するのでその護衛ときた。

「馬鹿じゃねぇの」
 国王相手にそんな暴言を吐くのはこの男と、婚約者くらいのものである。
「一日移動に使えば三日で行って帰れるだろう? 母の所に泊まれるよう連絡したし、馬の交換も手配済みだ」

 こいつ、準備してから言い出しやがった。
 執務室に呼ばれたので何かと思えばそんな暴挙。
 この暴君。

 絶対に嫌だ、断ると言うグレイをレオンはチラリと見る。
 代々受け継がれる執務机に両肘をつき、組んだ指に顎を乗せる。
 同性の目から見ても、この男の所作はいちいち絵になるのが腹が立つ。

「北方の山賊」
 口をへの字に引き結んでいたグレイは、その単語に訝しげにレオンを睨んだ。
 
「どうもまた出てきたらしい。北方の国境管理局から報告があった」
「あいつら何やってんだ」
 北方の国境周辺の警備をしているのはグレイの昔の仲間達だ。警備隊所属である彼らからの報告と聞いたグレイは、苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「前とは違う連中だそうだ。たまには昔の仲間とも仕事がしたいだろ? 母の様子も見てきてほしい」
 そう言われれば━━断ることは出来ない。
 レオンとともに古城に移り住んだレオンの母親にはグレイも世話になった。
 だが。

「それなら俺とジェイドだけで行く。女子供を連れて行くのは危険だろうが」
 そこは譲る気はなかった。それなのに。
「カリナ嬢の護衛はシーアがするから、気にしなくていいぞ」
 レオンは、あっさりとそんな事を言うのだ。

「オズワルドの許可も取ったし、お前たちが不在の間は元帥自ら詰めてくれるそうだ」
 カリナの養父オズワルド・クロフォードはグレイの直属の上司だ。
 その彼の許可があるというのならば、全てはすでに決定事項じゃないか、とグレイは思う。

 そもそも、なぜ国王が部下であるオズワルドの許可を取る必要があるのだろう。
 どいつもこいつも……
 グレイは反抗する気力を失った。

「カリナ嬢が一度も家に戻っていないと聞いて気の毒に思ったらしい。お節介だからやめろと言ったんだが……あの地方特産のチーズがあるだろう。あれが目的だと言ってな」
 田舎での隠居生活中に気に入ったヤギのウィンナーも頼むことにしたのだと言ってどの酒を開けようかと非常に楽しみにしている様子の昔なじみの姿に、グレイは諦めて嘆息する。 

「出張手当と時間外手当はつくんだろうな」
 グレイは強くその点を確認したのだった。

 ◆◇◆

 夜明け前、シーアが待ち合わせの厩舎に行けば王城内にある兵舎暮らしのジェイドがすでに到着していた。
「早いね。わがままに付き合わせて悪いけど頼むよ」
 ジェイドはシーアの言葉にこっくりと一つ頷く。

 副隊長であるジェイドはとても無口な男だ。いつもグレイより一歩下がったところにいて、声を聞いた記憶がない。
 黒に近い茶色の髪は全体的に長めで、目にかかるほど伸びた前髪のせいで表情も窺い知る事が出来ず、人を寄せ付けない空気を纏っていたが変わり者はどこにでもいるのでシーアも気にする事はなかった。
 なかなかの器量よしなのにもったいない。これでもう少し社交的ならばさぞモテるだろうに、とそう思っただけだった。

 最後に王都郊外の借家に住んでいるグレイが登城し、合流するなり難しい顔をした。
 わざわざ目立つ重厚な馬車で行くこともないだろうと、二頭の馬が引くのはほろ付きの荷馬車。
 王家やクロフォード家御用達の馬車で行くよりは断然、まともな判断ではあるが。

 なぜ快適性皆無の荷馬車……
 グレイが中を覗くと申し訳程度にいくつかクッションが転がっており、そこへシーアが軽々と乗り込むので出発せざるをえない。
 そのまま予定通りクロフォード邸へカリナを迎えに寄った。

「おはよう」
 そう元気に清々しい態度で言ってシーアは荷馬車の後部から飛び降りる。
 予め屋敷の庭で待機していたカリナは、少し不自然な間を開けてから「おはようございます」と丁寧にあいさつをした。

 そりゃ驚くだろ、とグレイは思う。
 田舎への旅とあってシーアは化粧をしていなかった。
 今や「海の国の黒真珠」とも称される国王の婚約者の素顔が、こんなにも素朴とは誰が思うものか。
 海姫の化粧の腕前は天才的だと、それだけはグレイも素直に認めざるをえない。

 カリナは二人の男性に申し訳なさそうな顔をして恐縮しており、上司であるオズワルド・クロフォードも先日実に済まなさそうにグレイに言った。
『あの子は自分では帰りたいとは言わないだろうから』と。
『すまないが頼むよ』と。

 田舎で盗賊まがいの事をしていた自分を貴重な人材として扱い、正当な評価をしてくれる上司の頼みである。
『了解しました。ご心配なく』
 グレイはそう言うしかなかった。

「どうせこの女が無理やり誘ったんだろ、気にすんな。悪いのはこいつと陛下だ。ま、お嬢さんもたまには爺さんに顔見せてやっても罰は当たらないだろ」
 棘だらけの言葉にシーアは特に気を害する風でもなく笑っている。
 むしろカリナに気遣いを見せるグレイを「ほんと気がいい奴だよな」と感心さえしていた。
 当人が聞けば激高する事が予測されるため黙ってはいたが。

「じゃ行こうか」
 黒い髪をひとまとめに太い三つ編みにして右肩から垂らしたシーアは、久々に城を出るのが嬉しいのか実に楽しそうに宣言したのだった。

 ◆◇◆

「なあなぁ。山賊とか盗賊してたってほんと?」
 乗り心地の悪い荷馬車は当然ガタガタと騒音もひどく、シーアの声は自然と大きくなった。問われたグレイは本日何回目かになるため息をつく。

「山賊からの護衛、だ。盗賊じゃなくて慈善事業」
 誤解させたままでもよかったのだが、放置すると余計に面倒な事になりそうで後々の事を考え一応訂正を入れた。
 海の国オーシアン王城の護衛隊隊長を務める彼は、北方の国境付近に位置する山岳地帯の出身だ。
 
 この国の政治が一時、議会に取って代わられたのは13年前。
 議会制になってからの8年間はこの国にとって黒い歴史である。
 荒れて行く一方の政治経済。
 やがて地方では強盗行為が横行し始め、山にはこれまでいなかった山賊なる者まで出現した。
 
 レオニーク・バルトンが北の古城で過ごした五年間、ほとんどの時間を年の近いグレイと過ごしたといっても過言ではない。
 レオンが古城から姿を消した後、グレイはやがて仲間達と山賊からの護衛の請負い業を始めた。

 彼等は北方の山岳地方に住む狩猟民族である。
 弓矢の扱いはもとより、剣術にも優れていた。
 北の国境を越えるためには山岳地帯を越えなければならない。
 誰よりも熟知した地形でよそ者の山賊を相手取るのは、割のいい仕事だった。

 ただ彼等は働き者という生来の気質により、まじめに仕事をし過ぎた。
 護衛業は繁盛したが、その護衛があまりにも優秀だったため数年で山賊はいなくなってしまったのだ。
『なんて根性がないんだ』
 そうグレイ達は嘆いたほどだ。

「で? 今度は盗賊になったってこと? やることが極端だなー」
 揶揄したものの、そういう時代だったのだろうとシーアもその過去を自然と受けとめる。

 慈善事業だと言っただろうが、と思ったがグレイももう彼女を相手にする気力は持ち合わせていない。
 そんなグレイに代わり、金髪をおさげにして地味なワンピース姿の美少女が遠慮がちに口を挟んだ。
「とても人気があったんですよ」

 廃業を余儀なくされた彼等は、山のふもとの丘陵地帯に住むあこぎな貴族や商家に押し入って金品の『施しを勝手に受け取る』という生業に転向してしまった。
 深夜に屋敷に侵入し、誰にも気付かれず金品を持ち去る手腕はとてもスマートで、数日経っても侵入に気付かなかった家があったほどだ。

 自分達の取り分を差し引いた金品のほとんどは慈善団体に寄付したものだから彼等の人気は高く、その行いは取り締まるべき地元の衛兵の生活をも救うことになったため調査はおざなりにしかなされなかった。

「その腕を見込んで王城の警備をさせるとはねぇ」
 シーアはしみじみと呆れたように言った。
 レオニーク・バルトンは帰還後、隠居生活時代に知り合った昔なじみがそんな状態にあると知って驚いた。
 そしてすぐさま侵入に関する豊富な知識と経験を見込み、グレイとその右腕であるジェイドを王城の護衛隊の隊長と副隊長に抜擢したのだった。

 誰が信頼出来るかも定かではない状況下、昔なじみの人間に警護を任せられるのはレオンにとって実に幸運なことだった。

 グレイは御者台にジェイドと並んで座り、女性二人は幌の中にて過ごす。
 二度、地方の屯所で疲労した馬を交換した。
 帰りにまた同じ屯所に寄って借りた馬を戻して帰る予定だ。
 
 立派な肩書を持つ面々であるが、全員が生粋のお貴族様ではない。休憩は必要最低限で済んだ。
 シーアがレオンと相談しながら立てさせた計画より順調に行程は進む中、カリナが手綱を交代しようかと申し出る事もあったが、さすがにそれは男二人は遠慮した。
 
「なぁなぁ、あいつのお袋さんってどんな人?」
 馬車での移動中、時間を持て余したシーアはレオンの母親について尋ねた。
 レオンからは特に聞いていないし、言われないのだから気にすることもなかったが、荷馬車での移動はとかく暇だった。
「お前、なんで聞いてないんだよ」
 呆れながらもグレイは説明してやる。
 彼も時間を持て余していたし、沈黙を苦手とする性分であった。

 レオニーク・バルトンの母は、田舎の小さな領土をもつ貴族の娘だった。
 王城遣えをしている際、国王に見初められてレオンを授かった。
 一介の侍女という立場であったが、王妃は夭折し二人の王子はすでに成人間近という事もあり王の望みにより第三子として認められた。

「レオンが隠居する時、お袋さんも一緒に田舎に移ったんだ。侍女と二人で庭いじりしたり、俺にも飯作ってくれたり、ほんと普通の人だったけど……」
 グレイが珍しく口ごもり、カリナも視線を落とした。

「レオンが毒殺されそうになった時、毒を口にしたのはお袋さんの方だった。レオンがすぐに気付いたから助かったんだが……ちょっとその毒が残っちまったみたいで、時々言うことがおかしくなったりした」
 よって、息子が国王の座に就いた現在も田舎の古城で侍女と二人、療養生活を送っているのだとグレイは険しい表情で言ったのだった

#創作大賞2025 #恋愛小説部門

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