「見て見て」の声を受け止めたい
幼い子どもがよく発する言葉。
「見て見て!」「聞いて!」
基本的には、可愛らしいなと思って相手をするけれども、余裕がない時はうっとうしく感じる。
そんな時に限って、そういう子どもたちが大勢私の前にやってくる。
「先生、見て!」
「私が先!」
「ねえねえ、きのうねー」
「先生、あのさー」
小学校教師をやっている私。
子どもたちはなぜかこちらの余裕がない時に、タイミングを揃えたようにやってくる。
すぐに周りで「見て聞いてねえねえ」の大合唱。
そうだよね。聞いてほしいことあるよね。相手してほしいよね。わかるよわかるけど。
「うるさーい!」と言いたくなる。
「なんで忙しくしているときに」「なんでこんな授業直前に」「なんで順番に来れないかなあ」「別に私じゃなくて友達に見てもらえばいいじゃないか」
いろんな文句が私の頭の中にぐるぐる回る。
まあ、「見て聞いて大合唱」だけなら可愛らしくっていいじゃないか。
時には「見て聞いて」のアピールを間違える輩もいる。
大きな声や音を出してみたり。
私の背中を殴ってみたり。
ちょっと危ないことをしようとしてみたり。
そこまでやられるとさすがに「それはない!」とこちらも怒りモード。
でも、子どもはそれだけ必死なんだろうなと思う。
幼い子どもは、大人の反応を得ることで、「愛」を感じている。
「愛」を感じることが、自分の存在価値につながる。
幼い時に大人からたくさんの愛をもらって、自分の存在価値を高めることで、身体の成長とともに心も強く成長でき、自立につながる。
しかし、今は大人からの愛が足りていない子どもが多いようだ。
共働きが当たり前になった現代、子どもが親と一緒に過ごせる時間が減っている。
親の方も余裕がなくて、自分のことで精いっぱい。
子どもの「見て聞いてアピール」に対応できない。
そうなるとどうなってしまうか。
子どもは愛情に飢え、「見て聞いてアピール」を悪化させてしまう。
先ほどのアピールの仕方を間違えている子どもたちのように、「どんな反応でもいいからこちらを見てほしい」というモードに入り、問題行動をとるようになる。
子どもの問題行動は、愛情不足の裏返し。
そうわかっていても、なかなかそういう子たちに余裕もって関わってあげられないのも、また現実。
「見て見て!」
「聞いてよー!」
「ねえねえ」
「あのねー」
このアピールをすることで、子どもたちは一生懸命成長しようとしている。
こんなアピールをしてくれるのも、この時期の子どもたちだけ。
もう少ししたらこの子たちも、こんなアピールせずに自分で愛を感じられるようになるんだから。
「ここでみんなの話を聞いたら、授業始まっちゃいそうだな」
「あの教材の準備まだできてないのに」
そんな言葉が回りだすのをぐっとこらえて、笑顔で答えてあげたい。
「なあに?」
