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映画『ドランクヌードル』

Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下で『ドランクヌードル』を鑑賞した。

予告映像を見た時、美しい中にどこか謎めいた雰囲気が混じっているような感じがして気になっていた。

昼と夜、街と森、過去と現在などを移動していく中で、不思議な世界がいつの間にか物語の中に溶けていて、それがとても心に残った。映画の中に出てくるサル・サランドラの刺繍作品や李白の詩という平面や文字で表現されたものを、立体の風景として目の前に出現させたらきっとこんな風に見えてくるのではないか、そう感じる事ができた。時間がとまった乱交、半獣との出会いはサル・サランドラの刺繍作品そのものだった。

映画の中で様々な芸術があった。
第1章ではヘッドホンで音楽を聴き、詩を編むヤリエル。
第2章では森の中の家で刺繍アートを作り続けるサル。
第3章では物語として自分の気持ちを書く作家のイギー。
第4章では李白の詩を鍵として静かな世界へ入り込み、穏やかな気持ちに包まれるアドナン。

自分の内側にあるものを多様な表現方法で発信する人が出てくる。アドナンは受信する力が敏感なのか、受け取ると強く作用して幻想的な場所へ行ってしまう。その世界を各章で見られるのも面白いと思った。

あとはゲイである事と別に、ヤリエルはヒスパニック系。サルはパートナーの死後老いた母を呼び寄せ今は二人暮らし。イギーは双子の妹を自死で喪ってから鬱状態が続くなど、ゲイとは別のマイノリティ、そして辛い経験などがそれぞれの人にあるのを感じた。


ストーリーは勿論だが、ルシオ・カストロ監督の生み出す映像の色味やロケーションなどがとても綺麗で、特に光や音の演出は素晴らしいと思った。

街ではフードデリバリーの自転車のホイールライト、別荘では陽がこぼれる森など美しい光の描き方のバリエーションがたくさんあった。そして薄暗い公園、暗い夜の森、真っ暗なクローゼットなど、陰の部分もいろいろな深さがあると感じられた。

音で言えば、街と森で聴こえた虫の音、ふざけながら飛び込んで弾ける水の音、ブルックリンの家での放尿音まで様々なものがあり、音が一緒だとそのシーンがより奥深くまで入ってくる。

そして最後のシーンでは、光と音がしっとりとした質感になる。李白の詩を表現したであろう俗世間から離れたような静かな世界が広がっていた。ルシオ監督は若い頃から李白の詩が好きだったらしい。このふわふわとした最後が自分も酔っている気がしてくる。ドランクを感じられる終わり方で良かった。そして酔いをさますようなスリリングな音楽とエンドロールが流れるのもピリッとして、これは聴くドランクヌードルかと思った。

最後の章を観て、この映画をより魅力的にしたのは主人公アドナン役を演じたレイス・カリフェの表情や佇まいだと確信した。プロフィールを見るとニューヨークを拠点に活動する映画監督・写真家らしいが、この作品が俳優デビューらしい。アンニュイさがとても感じられて、ベッドやソファ、草の上などに横たわる姿がよく似合う。キャスティングを決めてから当て書きで脚本を書いたらしいが、淋しげな雰囲気が素敵で早速ファンになった。

映画館には刺繍アート版アナザービジュアルも掲出されていた。刺繍になっている登場人物や森を鑑賞の前と後に見ると、こういう事だったのかと再確認できて面白いのでぜひチェックして欲しい。

それから刺繍と言えば、各章のはじめにはタイトルが描かれた刺繍を縫う映像が挿入されるのだが、この男性の手は実際のサル・サランドラの手だというのを鑑賞後に知った。手の方をあまり見ていなかったのでそこもぜひ気にしながら観てほしい。

渋谷のカフェ「factory」で休憩

そうして映画館を出てからは、酔生夢死のような人生を目覚めさせるドランクヌードルのような存在があるだろうかと思いながら、映画の舞台にもなっていたブルックリンのビールを渋谷のカフェで飲んだ。アルコールを飲みながら酔生夢死について考えるという行動に出てみた。

『ドランクヌードル』という芸術から、私もアドナンよろしく敏感に何かを受信した、かもしれない。

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