#10 かつて場面かんもくだった私へ

場面緘黙症。
ばめんかんもくしょう。

Wikipediaによると、

"家庭などでは話すことが出来るのに、社会不安(社会的状況における不安)のために、ある特定の場面・状況では話すことができなくなる疾患である。"

とある。

幼少期、物心ついた時にはすでにおとなしく、幼稚園や小学校では、いつもひとりぼっちで過ごしていた私。

場面かんもく症という言葉を知ったのは20年ほど前。

テレビ番組で特集されていて、紹介されていた症状は、幼少期の私そのものだった。

自宅では両親や妹たちと普通に話ができるけれど、ランドセルを背負って玄関を出た途端、身体はカチンと固まり、極度の緊張がおとずれ、まったく言葉が出なくなる。

小学校低学年の頃は同級生にからかわれたこともある。

「なんかしゃべってみろよ!」
「しゃべれない病気なんじゃない?」

場面かんもく症にも強弱などレベルがあるだろうけど、私の場合は話さないだけではなく、笑ったり泣いたりといった反応をすることすらできなかった。

小学2年生の頃だったか、クラスの男子がふざけていて、思わずクスッと笑ってしまったことがある。

すると、あるクラスメイトにすかさず、「あ!笑ってる!」と指をさされ、クラス中の注目を浴びた私は、顔から火が出そうなほど熱くなった。
きっと耳まで真っ赤だったはず。

それからは余計、感情を出すことができなくなった。

そんな感じで学校では友だちができなくて、20分の休み時間、昇降口で一人、校庭で遊ぶみんなをぼんやり眺めながら、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。

遊んでいるみんなにとってはあっという間の休み時間、私にとっては気が遠くなるほど長く感じた。

そんな私にとって、楽しみと言ったらテレビだった。

歌番組とアニメとお笑い番組。

ベストテンやトップテン、クリィミーマミやパーマン、ドリフや欽ちゃんが大好きで。

これらのおかげで私は生きてこられたと言っても過言ではない。

そんな私が変化するきっかけとなった大きな出来事は二つ。

ひとつは6年生の時に学年で行った観劇授業。

演目は、劇団四季のファミリーミュージカル『夢から醒めた夢』。

主人公のピコに魅了された私は、いつしか舞台に立つことを夢見るように。

それがきっかけで中学では演劇部に入った。

家族もまわりも担任も、みんな驚いていた。

あんなにおとなしい子が、大勢に見られる演劇をするなんて、と。

小学校時代よりはいくぶん話せるようになっていたし、友だちも少しずつできたけれど、まだまだおとなしい人。

それでも演劇部の仲間の前では安心感があったからか、少しずつ話すことができるようになっていた。

そう、場面かんもく症にとって、自分を表現しても大丈夫、という安心できる場所が必要なのだ。


今では、ピン!ときた集まりには参加するほうで、ペラペラおしゃべりするほうなので、当時からは信じられないほど、たくさんのお友だちがいる。

私が場面かんもく症だったと話しても、誰も信じてくれないほど。

自分の心の声をヒントに行動していたら、自然に自分を表現できる場所にたどり着いていた感じ。

長くなってしまったので、私が変化する大きな出来事のもうひとつは、またいつか。。


ひとりぼっちだったあの頃の私に伝えたい。

毎日泣いている今は辛いかもしれないけれど、安心して。
たくさんの笑顔であふれた未来が訪れるからね。
生きてさえいれば、必ず笑える日がくるから。
自分の気持ちと身体を大切にね。
あなたはあなた。
いつまでたっても、あなたはあなた。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。

今日も、ふんわりゆるやか¨̮にっこにこー♪¨̮

#場面緘黙
#場面緘黙症
#おとなしい人

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