初めての入学式を思い出した、最後の卒業式
「あの時さ、俺のこと置いていったよね。俺、今でも覚えているからね」
3月になって、息子が何度も私にそう言ってきた。大学卒業を間近に控えて、なにか思い出したのだろう。あの時とは、彼の初めての入学式、小学校の入学式での出来事だ。
🌸
17年前の4月8日。その日は朝から雨だった。当時息子と私が暮らしていたアパートは、小学校区の端っこ。大人の足で10分、息子の足では15分以上かかっていた。
息子はいとこから譲ってもらったスーツを着て、保育所時代から愛用している長靴を履いて、雨の日用のカバーをつけたランドセルを背負った。
私は年に一度仕事で着るスーツ黒のナイロン製ショルダーバッグを持った。流石に長靴はやめておいた。
玄関を出て、トントンと二人で階段を降りる。雨の中、傘をさして黙って歩いていた。
「おめでとう。入学式やのに、雨になってしもたねえ。気をつけてね」
アパートと小学校の中間にある十字路に、長年自治会長をしていたというおばあさんが立っていた。
「ありがとうございます。これからいろいろお世話になります」とあいさつをした(彼女には、そのあとほんとに息子がお世話になった)。
学校が近づくにつれて、大人の傘と小さな子どもの傘が、道いっぱいに広がった。
校門を通り、校庭に入る。水たまりを見つけるとわざわざ入ろうとする息子を止めて、急かす。
「早くしなさい!」と声のする方向を見る。だいたい、こういう日でもこういうことするのは男子だよなぁと、これから仲間になるであろうお母さんに「お互いがんばろう!」と思いながら視線を送った。
体育館の軒下にある『受付』へ向かった。受付係りの先生に息子の名前、私の名前を言うと「おめでとうございます。じゃ、◯◯くんはこっちね」とにこやかに言われた。
「一緒に行くよ」と、6年生の女児が息子の左手を取って、体育館に向かった。
「じゃ、あとでねー!」私はそう言うと、もう片方の息子の手を、心細そうに握っていたその手を離した。
息子の顔を見ると「ええ、、、それはないよ」という泣きそうな顔をしていた。その顔を見ていたら、私の頭のなかに『売られていく子牛』の歌が流れた。
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「俺はあの時、頭の中で『ドナドナ』の歌が流れたよ」と23歳の息子に言われた。
やっぱり親子やねぇ。同じ歌が浮かんでたんやねぇと私が言うと、
「いやいや、あの時、俺の手を離したよね」と恨み言を言われた。
そうではない。新1年生は受付で6年生さんに案内してもらい、先に体育館に入る流れだったんよと言うが、息子の記憶は、
あの日、俺はつないでいた手を離された
になっていたようだ。
「愛されなかった」記憶、爆誕である。
まあ、いつか、「愛されていた」に反転するであろう。でもちょっと納得いかないよなあ。
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昨日、息子とともに彼の大学の卒業式に出席した。高校の卒業式は2020年3月。コロナが広がり始めた頃で、保護者は出席できなかった。翌月4月の大学入学式は開催されず、その後1年半ほどオンラインで講義を受ける大学生活となった。
大学の卒業式に親が行くなんて、と、大学で事務仕事をしていたころは同僚と笑っていた。
あの頃の自分に笑われてもいい。彼の高校卒業式にも、大学入学式にも行けなかった私は、どうしても(たぶん)息子にとって最後の卒業式だけは行きたかった。

卒業式当日朝。息子より早く起きた。なかなか起きてこない息子を起こして、朝の用意を済ませる。自転車で駅に向かい、電車に乗り、二人並んで座った。
大学最寄り駅に着くと、式典開始20分前だった。「卒業生は30分前に会場前に集合」とホームページに書かれていたのだが、すでに遅刻確定。
「先に行ってていいよ」と息子に言うと、あっというまに階段を駆け上がり、見えなくなってしまった。
あの時の子牛、大きく育ったなあ。
と遠くに見える息子の背中を見送りながら思った。
Googleマップを見ながら、私もキャンパスへ向かう。住宅街の中を歩きながら、あまりに人が歩いていなくて、ちょっと心配になった。
歩いているうちに暑くなり、春物コートを脱いで手に持った。「卒業式の日に暑いなんて」と、あの雨の日の入学式を思い出していた。
ようやくキャンパスに到着。『式典中継会場はこちら』という案内板を見つけて、ほっとした。
式典は大きなホールで開催されるが、家族はそこには入れない。指定された棟内の大教室が中継会場となっており、そこで同時中継される映像を見ることになっていた。
いや、それやったら家で配信みたらええやん。
というご家族の方が圧倒的に多かったのであろう。式典が始まった直後に教室に入ったけれど、2割ほどしか席は埋まっていなかった。
1時間弱の式典が終わり、息子と合流。お昼休みのあと、息子は卒業証書を受け取りに教室へ行き、その後学部卒業式が行われる。

お昼食べたら帰ろうかなと思っていたけれど、最後に息子と写真が撮りたかったので残ることにした。
キャンパス内に見学したかった建物もあったので、ひとりぶらぶらしていたら、卒業証書を受け取った息子からラインが来た。再び合流し、学部卒業式が行われる講堂まで一緒に行った。
「また家族は入れないだろうから、どっかでコーヒーでも飲んでるよ」
そう言って別れた後、どこでコーヒー飲めるのか探していたら息子から電話がきた。
「ご家族の方は2階席へどうぞって案内出てたで」
え? そうなん? あの講堂入れるん? 行くー!
と人ごみをかき分けて講堂へ向かった。

廊下の窓はステンドグラス。写真撮りたかったが、自重して目に焼き付けた。趣ある木造の講堂で、最後の最後、ここで息子と卒業式参列できてよかった。
コロナ渦前のように、ここで卒業生のみなさんと、ご家族と一緒に卒業式を行えてうれしいです。
学部長さんがあいさつで、うれしそうに言われていたのが印象的だった。私も、息子の最後の卒業式、中継配信見るだけじゃなくて、同じ空間で過ごすことができて、うれしかった。

キャンパスから駅までの帰り道。息子と並んで歩いていた。桜が咲き始めていた。
そうだ。思い出した。
「おかあさん、1年生の1学期は、とりあえず、椅子と机に慣れることを目標にしましょう」
あのドナドナ入学式から1か月後の個人懇談で、息子の担任の先生に言われたんだった。
「小学校は、椅子と机がつらい」と家で息子が言ってますと言うと、
「保育所から上がってきた子どもたちは、みんな言うのよ。保育所は床に座る生活時間長かったからねえ」
と先生に言われたのを思い出した。
そんなことを息子に言うと、「え、そうやったっけ?」とすっかり忘れているようだった。
小学校に入学したばかりの頃、椅子と机がつらいと言っていた息子は、大学生になってから1年半、パソコンに向かいオンライン授業を受けた。
対面講義が再開してからは、受けたい講義をとにかく履修していた。そのなかで刺激を受けたのか、その後、ものすごい量の小説を読み、映画を観ていた。
友だちはできなかったけどさ、いい大学だったよ。
オンライン授業や友達がいないキャンパス。その時間、息子は自分の内にこもり、小説や映画と出会った。もう1年タイミングがずれていたら、友達もたくさんできて、楽しかったのかもしれない。でも、彼にとって充実した大学生活を送れたんだと思った。
「よかったね。おめでとう」

地中海性気候さんの企画に参加しました。すてきな企画、ありがとうございました。(あなたの、でなく、息子と私の、になってしもたけど)
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美味しいはしあわせ「うまうまごはん研究家」わたなべますみです。毎日食べても食べ飽きないおばんざい、おかんのごはん、季節の野菜をつかったごはん、そしてスパイスを使ったカレーやインド料理を日々作りつつ、さらなるうまうまを目指しております。